リウ・ジエ 『再生の朝に ―ある裁判官の選択―』レビュー



Review

死刑判決から処刑までの時間が喪に服すための異界となり、裁判官は死を通して生に目覚める

リウ・ジエ監督の『再生の朝に ―ある裁判官の選択―』は、中国で実際に車2台の窃盗で死刑になった青年のニュースや1997年の刑法改正にインスパイアされて作られた作品だ。

1997年、中国の河北省涿州市を舞台にしたこの映画には、立場の異なる三組の人物たちが登場し、複雑に絡み合っていく。

ベテランの裁判官ティエンは、娘を盗難車による轢き逃げで亡くして以来、無為に日々を送っている。彼の妻は飼いだした犬で気を紛らそうとするが、深い哀しみが癒えることはない。

貧しい家庭に生きる青年チウ・ウーは、車2台の窃盗で裁判にかけられ、死刑を宣告される。その判決は、ティエンを含む裁判委員会の合議で決定されたもので、チウ・ウーに判決を言い渡したのは、裁判官のティエンだった。

続きを読む

アレハンドロ・アメナーバル 『アレクサンドリア』レビュー

Review

4世紀の女性天文学者の悲劇は、“人間中心主義”から脱却できない私たちの悲劇でもある

実話に基づくアレハンドロ・アメナーバルの新作『アレクサンドリア』の舞台は、栄華を極めたローマ帝国が崩壊しつつある4世紀末のエジプト、アレクサンドリア。

ヒロインは、世界の文化と学問の中心であるこの都市を象徴するような存在だ。美しく聡明な女性天文学者ヒュパティアは、探究心と理想に燃えて生徒たちを教育していた。だが、この都市にも混乱の波が押し寄せてくる。

台頭するキリスト教と異教のあいだの対立がエスカレートしていく。異教徒に対する弾圧、支配を進めるキリスト教指導者の鉾先はやがて、かつての教え子に影響力を持つヒュパティアに向けられるようになる。

続きを読む

アッバス・キアロスタミ 『トスカーナの贋作』レビュー

Review

監督には性格が悪いところもないと面白い映画は作れない

『トスカーナの贋作』は、アッバス・キアロスタミがイランを離れてから初めて撮った長編作品だ。

物語はイタリアの南トスカーナ地方にある町アレッツォから始まる。『贋作』という著書を刊行したイギリスの作家ジェームズ・ミラー(ウィリアム・シメル)がこの町を訪れ、講演を行っている。会場にいた女(ジュリエット・ビノシュ)が、ぐずる息子をもてあまし、作家の著作の翻訳者にメモを渡し、その場をあとにする。

そのメモはジェームズに届けられ、彼の関心を引いたらしい。作家は彼女が経営するギャラリーを訪れ、二人は車でルチニャーノに向かい、美術館や町を散策する。贋作について議論を交わす彼らは、カフェの女主人に夫婦と勘違いされたことをきっかけに、夫婦のように振る舞いだす。

続きを読む

ミヒャエル・ハネケ 『白いリボン』レビュー



Review

独自の視点で向き合うナチスとファシズム

■■物語の舞台設定とドイツ帝国成立の過程■■

ミヒャエル・ハネケは、精緻な考察と斬新な表現でヨーロッパの歴史や社会の暗部を抉り出してみせる。『ピアニスト』(01)に登場するピアノ教授のヒロインは精神的に男になっているが、それは伝統や制度に潜む男性優位主義に呪縛され、欲望を規定されているからだ。『隠された記憶』(05)に描き出される人気キャスターの忘却と不安、過剰な自己防衛は、歪曲され、黙殺されたマグレブ移民弾圧の歴史に起因している。

新作『白いリボン』ではハネケの鋭敏な感性がさらに研ぎ澄まされているが、それは彼が見出した題材と無関係ではないだろう。ミュンヘンに生まれ、オーストリアで育ち、近年はフランスを拠点に活動してきたハネケは、この新作でドイツと向き合い、独自の視点からナチスやファシズムに迫っている。

続きを読む

一尾直樹 『心中天使』レビュー



Review

携帯やネットが生み出す形而上学的変異によって人と人の繋がりや世界はどう変わるのか

『心中天使』(10)は、一尾直樹監督にとって劇場デビュー作『溺れる人』(00)に続く2作目の長編劇映画となる。

名古屋を拠点に活動する一尾監督の作品には共通点がある。まず、地域性が前面に出てくることがない。ドラマの背景になるのは、均質化した社会の日常だ。そしてもうひとつ、平凡な日常のなかに、常識的にはあり得ないと思えるようなことが起こる。

続きを読む