ジェフ・ニコルズ 『MUD‐マッド‐』 レビュー

Review

サザン・ゴシック、少年のイニシエーション、そして打ちひしがれた男たちの再生

監督第2作の『テイク・シェルター』(11)で日本でも認知されるようになったジェフ・ニコルズは、デビュー当時のあるインタビューで大学時代にコンテンポラリーな南部作家に傾倒していたことに触れ、ラリー・ブラウン、ハリー・クルーズ、コーマック・マッカーシーの名前を挙げていた。

新作『MUD‐マッド‐』(12)は、南部で培われた“サザン・ゴシック”というナラティブ(物語)への愛着が凝縮されたような映画だが、興味深いのはこの作品に続くように、デヴィッド・ゴードン・グリーンや監督もこなすジェームズ・フランコが、それぞれラリー・ブラウンとコーマック・マッカーシーの小説を映画化した『ジョー(原題)』(13)や『チャイルド・オブ・ゴッド(原題)』(13)を発表していることだ。サザン・ゴシックは隠れたトレンドになっているのかもしれない。


『MUD‐マッド‐』は、アーカンソーの川岸に建つ粗末なボートハウスに両親と暮らす14歳の少年エリスが、親友とミシシッピ川の島に向かうところから始まる。

そこには昔の大洪水で大木の幹に乗り上げたボートがあり、彼らの秘密基地になるはずだったが、あいにく先客がいた。マッドと名乗る男は、後に警察や賞金稼ぎに追われていることが明らかになるが、少年たちは彼に惹かれ、朽ち果てたボートの修理を手伝うことにする。

自然や土地に深く根ざした生活、破滅的ともいえるエキセントリックなキャラクター、そして激しい暴力はまさにサザン・ゴシックの世界だが、なかでも見逃せないのが、マスキュリニティ(男らしさ)と象徴としての蛇の存在だろう。

マッドはテキサスで愛する女のために男を殺し、追われる身となった。エリスの両親は、ボートハウスの撤去命令をめぐって結婚生活が崩壊の危機にある。年上の女の子に初めての恋をしたエリスは、そんな男女の関係に心をかき乱され、マスキュリニティにとらわれ、深く傷ついていく。

この映画で主人公たちの運命を変えるのは、南部の湿地に棲む毒蛇だが、マッドの体に蛇のタトゥーがあったことを思い出すなら、これが神話的な物語にもなっていることに気づくだろう。ニコルズは、サザン・ゴシックを通して、少年のイニシエーションや打ちひしがれた男たちの再生を実に鮮やかに描き出している。

(初出:「CDジャーナル」2014年1月号)