ミケランジェロ・フランマルティーノ 『四つのいのち』 レビュー

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ドキュメンタリーとフィクションの境界を超え、独自のアニミズムの世界を切り拓く

イタリア出身の新鋭ミケランジェロ・フランマルティーノが監督した『四つのいのち』(2010)の舞台は、南イタリア・カラブリア州の山岳地帯だ。映画の導入部では、黙々と山羊の世話をする年老いた牧夫の生活が、静謐な映像のなかに描き出される。

だがこの牧夫はタイトルにある“四つのいのち”のひとつに過ぎない。やがて彼は息を引き取り、入れ替わるように仔山羊が誕生する。その仔山羊は群れから逸れ、樅の大木の下で眠りにつく。冬が過ぎて春になると樅の大木が切り倒され、村の祭りのシンボルとなる。そして祭りが終わると、大木は伝統的な手法で炭となる。この映画では、人間、動物、植物、無機物がサークルを形成していく。

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内田伸輝 『ふゆの獣』 レビュー



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「時間」と「瞬間」への視点が恋愛映画を超えた地平を切り拓く

内田伸輝監督の『ふゆの獣』の登場人物は、4人の男女だ。ユカコは同僚のシゲヒサと付き合っているが、最近、関係がぎくしゃくしている。シゲヒサの態度がぎこちない。浮気をしているのかもしれない。ノボルは同僚のサエコに好意を持っている。思い切って告白してみるが、彼女には他に好きな人がいた。それはユカコと付き合っているはずのシゲさんだった。

この映画では、4人の主人公が、複雑に絡み合っていく。内田監督は脚本に頼らず、即興を中心にした演技を長回しで撮影し、緻密に構成している。

この映画の印象的な場面やドラマの流れについて考えてみるとき、筆者がどうしても引用したくなるのが、哲学者マーク・ローランズが書いた『哲学者とオオカミ』だ。ローランズは本書で、オオカミとともに暮らした経験を通して、人間であることの意味を掘り下げている。

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『哲学者とオオカミ――愛・死・幸福についてのレッスン』 マーク・ローランズ

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オオカミという他者を通して人間とは何なのかを考察する

想田和弘監督の『Peace ピース』(7月16日公開予定)の試写を観たときに最初に思い出したのがこの本のことだった。そこでぱらぱらと読み返してみた。

最初に読んだときも引き込まれたが、今では著者の言葉がもっと身近に感じられる。それは、『ブンミおじさんの森』、『アンチクライスト』、『四つのいのち』、『4月の涙』(野生のオオカミが出てくる場面がある)、『蜂蜜』、『エッセンシャル・キリング』といった作品を通して、人間と動物の関係に以前よりも鋭敏になっているからだろう。

マーク・ローランズはウェールズ生まれの哲学者で、本書では、ブレニンという名のオオカミと10年以上に渡っていっしょに暮らした経験を通して、ブレニンについて語るだけではなく、人間であることが何を意味するのかについても語っている。

↓ この人がローランズだが、いっしょにいるのはもちろんブレニンではない。ブレニンは、各地の大学で教えるローランズとともに合衆国、アイルランド、イングランド、フランスと渡り歩き、フランスで死んだ。ローランズはその後マイアミに移り、この映像はそこで撮影したものだ。

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『祝祭性と狂気 故郷なき郷愁のゆくえ』 渡辺哲夫



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現代精神医学という封印を解く

本書については、ラース・フォン・トリアーの『アンチクライスト』のレビューのなかで、長めに紹介、引用しているので、そちらを先に読んでいただければと思う。

また取り上げるのは、『アンチクライスト』だけではなく、トルコのセミフ・カプランオール監督のユスフ三部作(『卵』、『ミルク』、『蜂蜜』)を観るうえでも、参考になるからだ。

ユスフ三部作では、ユスフという主人公の成長過程を追うのではなく、壮年期から青年期、幼少期へと遡っていく。そんな三部作の共通点として見逃せないのが、登場人物が発作を起こして倒れる場面が盛り込まれていることだ。それらは癲癇の発作のように見える。

●第一作『卵』
2:00を過ぎたあたりにその場面が出てくる。

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ラース・フォン・トリアー 『アンチクライスト』 レビュー

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人はいかにして歴史の外部へと踏み出し、動物性への帰郷を果たすのか

ラース・フォン・トリアーの問題作『アンチクライスト』は、ある家族の悲劇から始まる。夫婦が愛し合っている最中に、幼い息子がベビーベッドを抜け出し、開いた窓から転落してしまう。

息子を亡くした妻は精神を病んでいく。セラピストの夫は自ら妻の治療に乗り出し、夫婦が「エデン」と呼ぶ森の山小屋が彼女の恐怖の源になっていると推測する。夫婦はその山小屋で治療を進めるが、事態はさらに悪化し、修羅場と化していく。

その山小屋には何があるのか。妻は1年前の夏にそこにこもって論文を書いていた。夫は山小屋の屋根裏部屋で、過去のジェノサイド(虐殺)や魔女狩りに関する資料や記録を発見する。彼女はそんな歴史に深く囚われ、夫に対する殺意すら抱くようになる。

一方で、夫の前には何かの予兆であるかのように動物が現れる。小屋に向かう途中では、出産途中の鹿に遭遇する。山小屋の周辺の薮に潜んでいた狐は彼に「カオスが支配する」と囁く。殺意を露にした妻に追われ、穴に逃げ込んだ夫は、そこで生き埋めにされた鴉を見出す。

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