ニコラウス・ゲイハルター 『眠れぬ夜の仕事図鑑』 レビュー



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私たちは豊かで自由なのか、それとも生の奴隷として管理されているのか

ドキュメンタリー作家ニコラウス・ゲイハルターは、普段目にすることのない領域に光をあてることによって、私たちが生きているのがどんな世界なのかを浮き彫りにしてみせる。

『いのちの食べかた』で工業化された食糧生産の実態に迫った彼が、新作で注目するのは“夜に活動する人々”だ。ヨーロッパ十カ国を巡り、切り取られた夜の風景には、例によってナレーションや説明はなく、私たちの想像力を刺激する。

この映画でまず印象に残るのは、治安に関わる職業だ。冒頭と終盤には国境警備の模様が配置され、街中の監視や警察官の訓練の現場、さらにはロマ(ジプシー)の強制立ち退きや難民申請を却下された外国人の強制送還の執行にも目が向けられる。

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ロネ・シェルフィグ・インタビュー 『ワン・デイ 23年のラブストーリー』



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ある一日の意味、水のイメージ、音楽と時の流れをめぐって

『幸せになるためのイタリア語講座』や『17歳の肖像』で知られるロネ・シェルフィグ監督の新作『ワン・デイ 23年のラブストーリー』は、デイヴィッド・ニコルズの同名小説の映画化だ。

主人公は、作家を目指す堅実なエマと自由奔放で恋多き男デクスター。映画ではイギリスとフランスを舞台に、大学の卒業式で初めて言葉を交わした二人の23年に渡る歩みが、7月15日という「1日」だけを切り取って描き出される。もちろんその日に何か特別なことが起こるとは限らない。

結婚するとか、子供が生まれるというような記念日がすべて同じ日になることはありえません。それが、原作者が本の中に作り出したゲームなのです。人生の中で特別ではなかった日が、実はとても大事なのかもしれないということを教えてくれます。「二人が初めて一夜を共にしたのに、その日を目撃できないなんて!」と思うこともありました。でも、そこがとても優雅で映画的だと思います。しかも、最後に秘密が明かされた時に、なぜこの一日が描かれていたのかがわかります

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アレクサンダー・ペイン 『ファミリー・ツリー』 レビュー



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連綿とつづく生の営み

『ハイスクール白書 優等生ギャルに気をつけろ!』(99)、『アバウト・シュミット』(02)、『サイドウェイ』(04)、そして7年ぶりの新作となる『ファミリー・ツリー』。アレクサンダー・ペイン監督の作品には共通点がある。人生の危機に直面した主人公の行動や心理がユーモアを交えて描き出される。そういう設定やスタイルで映画を撮る監督は他にもいるが、ペインは一線を画している。実はこの四作品にはすべて原作となった小説があるが、他の監督が映画化しても、彼のような世界が切り拓けるわけではない。

あまり目立たないが、ペインの作品には別の共通点がある。まず『ハイスクール白書』を振り返ってみよう。ネブラスカ州オマハを舞台にしたこの映画では、表彰もされた信頼が厚い教師が、上昇志向のかたまりのような女子生徒の生き方に抵抗を覚えたことがきっかけで人生の歯車が狂い出し、仕事も家庭もすべてを失ってしまう。最後に逃げるようにニューヨークに向かった彼は、自然史博物館の教育部門に就職し、新たな人生を歩み出す。筆者が注目したいのは、その自然史博物館に展示された原始人のジオラマだ。さり気なく映像が挿入されるだけなので記憶している人は少ないだろう。

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『みんなで一緒に暮らしたら』 『ライク・サムワン・イン・ラブ』 試写

試写室日記

本日は試写を2本。

『みんなで一緒に暮らしたら』 ステファン・ロブラン

フランス映画界の新鋭ステファン・ロブランの監督第2作。それほど遠くはない未来に死が訪れるであろう5人の老人たち(2組の夫婦と独身者)。昔から誕生日をともに祝ってきたこの仲間が自分たちの人生を守るために始めた共同生活がユーモアを交えて実に生き生きと描き出される。

ジェーン・フォンダやジェラルディン・チャップリンらのアンサンブルに加えて、犬の散歩係に雇われたことをきっかけに老人たちの観察者になっていく若者にダニエル・ブリュール(『グッバイ、レーニン!』『ベルリン、僕らの革命』)が扮している。

試写を観る前から面白そうな予感がしていたが、期待を上回る素晴らしい作品だった。老人たちの性をユーモラスかつ赤裸々に描いているところが魅力と思う人もいるかもしれないが、それは映画の表面的な要素に過ぎない。

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ラース・フォン・トリアー 『メランコリア』 レビュー

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人間の在り方を原点から問い直す――鬼才トリアーの世界

ラース・フォン・トリアー監督の前作『アンチクライスト』は、うつ病を患ったフォン・トリアーがリハビリとして台本を書き、撮影した作品だった。新作の『メランコリア』も、「うつ病」の意味もある言葉をタイトルにしているように、彼のうつ病の体験と深く結びついている。

この映画は二部構成で、ジャスティンとクレアという姉妹の世界が対置されている。ジャスティンは心の病ゆえにこれまで姉のクレアに迷惑をかけてきたと思われる。そんな彼女は結婚を節目に新たな人生を歩み出そうとするが、パーティーの最中にうつ状態に陥り、夫も仕事も失ってしまう。

しかし、世界の終わりが現実味を帯びていく第二部では、二人の立場が逆転する。失うもののないジャスティンは落ち着きを取り戻し、家族がいるクレアは逆に取り乱し、自分を見失いかける。

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