『コズモポリス』 『セレステ∞ジェシー』 試写

試写室日記

本日は試写を2本。

『コズモポリス』 デヴィッド・クローネンバーグ

ドン・デリーロの同名小説をクローネンバーグが映画化。映画では切り捨てられているが、原作では、巨大ハイテクリムジンから莫大なマネーを動かすアナリスト、エリック・パッカーの物語の途中に、彼の命を狙うベノ・レヴィンの告白が挿入される。

その告白もかなりクローネンバーグ好みの世界になっている。『裸のランチ』『スパイダー/少年は蜘蛛にキスをする』のように、書くことと狂気や幻想が結びつけられているからだ。たとえば、以下のような表現だ。

世界は何か自己充足した意味をもっているはずだ。しかし、実際に自己充足しているものなど何もない。すべてが他のものに入り込む。俺の小さな日々が光年に染み込んでいく。だから俺は他人を装うことしかできない。そしてそのために、こうした原稿を書いているとき、俺は自分が他人を引用しているように感じるのだ。俺にはよくわからない。書いているのは俺なのか、それとも俺がその口調を真似したいと思っている誰かなのか

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今週末公開オススメ映画リスト2013/03/14

週刊オススメ映画リスト

今回は『汚れなき祈り』『偽りなき者』『ある海辺の詩人―小さなヴェニスで―』『シャドー・ダンサー』『クラウド・アトラス』の5本です。非常に見応えがあって、奥の深い作品が並んでいます。

おまけとして『ひまわりと子犬の7日間』のコメントをつけました。

『汚れなき祈り』 クリスティアン・ムンジウ

2005年にルーマニアで実際に起こった「悪魔憑き事件」に基づいた作品ですが、決してその忠実な再現というわけではなく、ムンジウ監督の独自の視点がしっかりと埋め込まれています。

『汚れなき祈り』試写室日記でも書きましたが、この監督の素晴らしいところは、まずなによりも、限られた登場人物と舞台を通して、社会全体を描き出せるところにあると思います。カンヌでパルムドールに輝いた前作『4ヶ月、3週と2日』(07)では、チャウシェスク独裁時代の社会が、本作では冷戦以後の現代ルーマニア社会が浮かび上がってきます。

その前作がふたりの女子大生と闇医者、本作がふたりの若い修道女と神父というように、時代背景がまったく異なるのに、共通する男女の三角形を軸に物語が展開するのは決して偶然ではありません。ムンジウ監督が鋭い洞察によってこの三角形の力関係を掘り下げていくとき、闇医者や神父に権力をもたらし、若い女性たちから自由を奪う社会が炙り出されるということです。

この『汚れなき祈り』の劇場用パンフレットに、「社会を炙りだすムンジウの視線」というタイトルで、長めのコラムを書かせていただきました。自分でいうのもなんですが、なかなか読み応えのある内容になっているかと思います。劇場で作品をご覧になられましたら、ぜひパンフもチェックしてみてください。

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アンドレア・セグレ 『ある海辺の詩人―小さなヴェニスで―』 レビュー

Review

単に社会的な要素を加味することと、すべて見えていながら滲ませるだけに止めることの違い

アンドレア・セグレ監督の劇映画デビュー作『ある海辺の詩人―小さなヴェニスで―』の舞台は、ヴェネチアの南、ラグーナ(潟)に浮かぶ漁港キオッジャだ。物語は、町の片隅に店を構える“パラディーゾ”というオステリアを中心に展開していく。

ヒロインは、その店で働くことになった中国系移民のシュン・リー。これまで縫製工場で働いていた彼女は、戸惑いながらも常連の男たちの好みを覚え、次第に場に溶け込んでいく。常連客のひとり、語呂合わせが得意なことから“詩人”と呼ばれる老漁師ベーピは、そんな彼女に関心を持ち、言葉を交わすようになる。

ベーピはもう30年もこの漁港に暮らしているから、地元民のように見えるが、実は彼もまた故郷を喪失したディアスポラだ。彼の故郷はチトーの時代のユーゴスラビアで、おそらくはチトーの死後、解体に向かうユーゴを離れ、キオッジャに流れてきたものと思われる。

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今週末公開オススメ映画リスト2013/03/07

週刊オススメ映画リスト

今回は『メッセンジャー』『愛、アムール』『魔女と呼ばれた少女』『野蛮なやつら/SAVAGES』(順不同)の4本です。

『メッセンジャー』 オーレン・ムーヴァーマン

今回のリストのなかで、この作品についてはノーマークという人が少なくないのではないでしょうか。2009年製作の作品ですが、いろいろ賞にも輝いていますし、正直、なぜすぐに公開されなかったのか不思議に思いました。

イラク戦争という題材については、『告発のとき』『ハート・ロッカー』『グリーン・ゾーン』『バビロンの陽光』『フェア・ゲーム』『ルート・アイリッシュ』など、様々な監督が様々な切り口から描いていますが、これはその盲点をつくような作品といっていいでしょう。

戦死者の遺族に訃報を伝える任務を負うメッセンジャーの世界が描かれています。ベン・フォスターとウディ・ハレルソンがメッセンジャーに、サマンサ・モートンが夫を喪った母親に扮しています。出番は多くないですが、スティーヴ・ブシェミも息子を喪った父親の役で出てきます。

「CDジャーナル」2013年3月号の新作映画のページでレビューを書いています。こういう映画はもっと注目されていいと思います。

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『野蛮なやつら/SAVAGES』 映画.com レビュー & ノーマン・メイラー

News

グローバリゼーションの時代の『ナチュラル・ボーン・キラーズ』

「映画.com」の本日(2月19日)更新の映画評枠で、上記のようなタイトルで、オリヴァー・ストーン監督の新作『野蛮なやつら/SAVAGES』のレビューを書いています。『野蛮なやつら/SAVAGES』試写室日記でも触れたように、この映画を観て筆者がまず連想したのは『ナチュラル・ボーン・キラーズ』と作家のノーマン・メイラーが“ヒップスター”について書いたテキストのことだったので、レビューもそういう切り口になっています。

『90年代アメリカ映画100』で筆者が担当した『ナチュラル・ボーン・キラーズ』のテキストをお読みになっている方は、よりわかりやすいかと思います。

ノーマン・メイラー(1923-2007)をご存じない方のために少し解説を。彼は、アメリカという巨大なサーカスのテントのなかで、自らスリリングな綱渡りを演じることによって、時代を劇的に映し出すトリックスターのような存在だった。

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