『トガニ 幼き瞳の告発』 『苦役列車』 『ギリギリの女たち』 試写

試写室日記

本日は試写を3本。

『トガニ 幼き瞳の告発』 ファン・ドンヒョク

試写を観る前に漠然と想像していた作品とは違っていた。これは、いい意味で、ということだ。筆者は、実際に起こった事件をリアルに描き、立場の弱い少年少女たちに性的虐待を行っていた加害者たちを糾弾、告発する作品を想像していた。

実際に作品を観た人は、まさにそういう映画ではないかと思うかもしれない。確かに、少年少女の痛みや恐怖、不安がひしひしと伝わってくるリアルなドラマであり、心を揺さぶる告発になっている。しかし、後半に入ると別の要素が見え隠れするようになる。

韓国の軍事主義については、イム・サンス監督の『ユゴ 大統領有故』やユン・ジョンビン監督の『許されざるもの』のレビューなどで触れているが、この映画でも内面化された軍事主義が意識されているように思える。そこに告発とは違う視野の広がりや深みがある。詳しいことはあらためてレビューで。

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『ハングリー・ラビット』 『キラー・エリート』 『モバイルハウスのつくりかた』 試写

試写室日記

本日は試写を3本。

『ハングリー・ラビット』 ロジャー・ドナルドソン

ニコラス・ケイジ主演最新作。妻を暴行された高校教師ウィル(ニコラス・ケイジ)が、哀しみと怒りに駆られて、サイモンと名乗る謎の人物(ガイ・ピアース)からの“代理殺人”という提案を受け入れ、次第に泥沼にはまっていく。

マルディグラに始まり、スーパードームにおけるモンスター・トラック・ラリーを経て、ハリケーン・カトリーナによって閉鎖に追い込まれたモールで最後の山場を迎えるというように、ニューオーリンズという舞台が不可欠の要素になっている。

同じくケイジ主演で、ニューオーリンズが舞台の『バッド・ルーテナント』(09)と比較してみると面白いだろう。

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『MY HOUSE』 『まだ、人間』 試写+『アトモスフィア』上映会

試写室日記

本日は銀座近辺で試写を2本観たあとで、新宿眼科画廊で開かれた上映会に参加した。まったくの偶然だが、3本ともそれぞれに日本の現在、日常を強く意識した作品だった。

『MY HOUSE』 堤幸彦

堤監督がエンターテインメント大作とはまったく違うタイプの作品に挑戦。自分の意思でホームレスという生き方を選び、厳しい環境を受け入れつつも、都会に順応して軽やかに生きる主人公を通して、私たちの日常を見直す。音楽なしのモノクロ映画で、台詞も最小限といえるところまで削ぎ落とされている。

筆者が最も興味を覚えたのは、人物のコントラストを意識したドラマの構成だ。主人公のホームレスと普通の家族を対置させるような表現は不思議ではない。この映画では、主人公の可動式の家と郊外の小奇麗な一戸建てが対置される。その一戸建てには平均的な家族が暮らしているように思いたくなるが、この映画の場合はそうではない。

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『ル・アーヴルの靴みがき』 『レンタネコ』 試写

試写室日記

本日は試写を2本。

『ル・アーヴルの靴みがき』 アキ・カウリスマキ

アキ・カウリスマキにとって長編映画としては5年ぶりの新作であり、『ラヴィ・ド・ボエーム』(91)以来、2本目のフランス語映画となる。その『ラヴィ・ド・ボエーム』は観ておいたほうがよいと思う。マルセル・マルクスが再登場するだけではなく、物語がそこから再構築されているところがあり、現在のカウリスマキの境地を理解する手がかりになるからだ。

映画を観ながら、昔カウリスマキにインタビューしたとき、空間の造形についてこのように語っていたのを思い出した。

「時代についてはいつもタイムレスな設定をしようという気持ちがあります。たとえば普通は、70年代と50年代の家具を組み合わせるようなことはしないと思いますが、わたしは同じ画面のなかにいつも異なる時代を混在させています。 そして最終的には50年代へと戻っていく傾向があります。わたしは実際にその時代を体験したわけではありませんが、とても好きな時代なのです。誰もが経済的には貧しかったが、とてもイノセントで、もっとお互いに助け合い、幸福な時代でした」

そういうセンスにさらに磨きがかかっている。カウリスマキが、『浮き雲』(96)、『過去のない男』(02)、『街のあかり』(06)という三部作を完成させたあと、どういう方向に向かうのか大いに注目していたが、これまで暗示的に表現されていたものが具体化され、新たな次元へと踏み出していて、素晴しい。

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新藤兼人 『一枚のハガキ』 レビュー



Review

『一枚のハガキ』に響く自然の声――自然の声が届くとき、戦争の傷が癒されていく

新藤兼人監督が自ら「最後の映画」と宣言して作り上げた『一枚のハガキ』では、タイトルになっている「一枚のハガキ」が主人公の男女の人生を変えていく。上官が引いたクジで仲間たちが命を落とし、自分が生き残ったことに対する罪悪感を背負う松山啓太と、出征した夫やともに生きる家族を次々と亡くし、厳しい生活を強いられる森川友子。友子の夫・定造が啓太に託したハガキは、啓太と友子を繋ぐ一本の細い糸といえる。

たとえば、もし啓太の妻・美江が夫を待っていたとしたらハガキはどうなっただろう。啓太はすぐにそれを思い出し、友子に届けたかもしれないが、お互いに胸の内を吐露するようなことにはならなかったはずだ。美江が啓太の父親とできてしまったことは悲劇以外のなにものでもないが、だからこそハガキは主人公を導く運命の糸になる。

しかし、啓太と友子を繋ぎ、彼らに救いをもたらすものは、ハガキだけではない。この映画は、新藤監督の実体験をもとに、戦争の悲惨さや不条理が描き出される。だから私たちは、登場人物と彼らが繰り広げるドラマを見つめるが、この映画ではもう一方で、そんなドラマとは異なる世界が意識され、もうひとつの流れを形作っているように思える。

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