ポン・ジュノ 『スノーピアサー』 レビュー

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テクノロジーに依存した閉ざされた世界がたどり着く場所

韓国の異才ポン・ジュノは、『殺人の追憶』『グエムル-漢江の怪物-』『母なる証明』といった作品で、実際の連続殺人事件や突然変異で生まれた怪物の背後に北の脅威や軍事政権、韓米同盟などを見据え、巧妙に映し出してきた。

この監督のそんな洞察力や想像力は、海外の大舞台でも通用するのか。フランスのコミックを大胆に脚色し、国際的な豪華キャストを起用した新作『スノーピアサー』にその答えがある。

地球温暖化を防ぐために化学薬品が撒かれた結果、新たな氷河期に突入した地球では、大企業が製造し、大陸を結んで走り続ける列車“スノーピアサー”だけが、残された人類の唯一の生存場所となっている。

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ウォルター・サレス 『オン・ザ・ロード』 レビュー

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「彼」の内面が浮き彫りにされた映画『オン・ザ・ロード』の世界

ウォルター・サレス監督の『オン・ザ・ロード』は、1947年のニューヨークから始まる。1947年とは、アメリカの外交政策立案者だったジョージ・F・ケナンの論文「ソ連の行動の源泉」が発表され、冷戦における封じ込め政策が形作られる時期にあたる。その政策によってアメリカに全体主義的な風潮が広がり、家族や個人にも大きな影響を及ぼした。

ステファニー・クーンツの『家族という神話』では、それが以下のように表現されている。

冷戦下の心理的不安感が、家庭生活におけるセクシュアリティの強化や商業主義社会に対する不安と混じり合った結果、ある専門家がジョージ・F・ケナンの対ソ封じ込め政策の家庭版と呼ぶ状況を生み出したのである。絶えず警戒を怠らない母親たちと「ノーマルな」家庭とが、国家転覆を企む者への防衛の「最前線」ということになり、反共主義者たちは、ノーマルではない家庭や性行動を国家反逆を目的とした犯罪とみなした。FBIやその他の政府機関が、破壊活動分子の調査という名目で、前例のない国家による個人のプライバシーの侵害を行った

この映画にも、反共主義者がテレビを通してプロパガンダを行っている様子が描かれている。もちろんそれは主人公たちとも無関係ではない。なぜなら、「ノーマルでない家庭や性行動」は、共産主義者と同様の反逆とみなされていたからだ。あるいは、そこまで疎外されていたからこそ、自由を求める彼らの感性はいっそう研ぎ澄まされ、ビート文学が誕生したともいえる。

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ヤセミン・サムデレリ・インタビュー 『おじいちゃんの里帰り』:ユーモラスに綴られたトルコ系移民家族の物語

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実体験が埋め込まれた監督姉妹の脚本

トルコ系ドイツ人の監督といえば、ファティ・アキンがすぐに思い出される。女性監督ヤセミン・サムデレリは、そのアキンと同じ1973年生まれのトルコ系二世だが、本国で7ヶ月のロングランとなった監督デビュー作『おじいちゃんの里帰り』では、アキンとはまた違った独自の視点でトルコ系移民の世界を描き出している。

彼女はコメディにこだわり、三世代の家族の過去・現在・未来を見つめていく。一家の主は、60年代半ばにトルコからドイツに渡り、がむしゃらに働いて家族を養い、齢を重ねて70代となったフセイン。そんな彼が里帰りを思いつき、それぞれに悩みを抱える家族がマイクロバスに乗り込み、故郷を目指す。さらに、家族の歴史の語り部ともいえる22歳の孫娘チャナンを媒介に挿入される過去の物語では、若きフセインがドイツに渡り、妻子を呼び寄せ、言葉も宗教も違う世界に激しく戸惑いながら根を下ろしていく。

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『エヴァの告白』 劇場用パンフレット

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ジェームズ・グレイでなければ描けないアメリカン・ドリームの物語

2014年2月14日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショーになるジェームズ・グレイ監督の新作『エヴァの告白』(13)の劇場用パンフレットに、上記のようなタイトルで作品評を書いています。キャストは、マリオン・コティヤール、グレイ作品に不可欠な存在になっているホアキン・フェニックス、そしてジェレミー・レナー。

『リトル・オデッサ』『裏切り者』『アンダーカヴァー』『トゥー・ラバーズ』というこれまでの作品では、グレイ監督が生きてきた同時代が背景になっていましたが、新作では1921年、移民の玄関口だったエリス島から物語が始まり、ロウアー・イーストサイドを中心に展開していきます。これは、グレイ監督の祖父母が実際にロシアからエリス島にたどり着き、入国審査を経てアメリカに移住したことが、作品のインスピレーションのひとつになっているからです。

パンフの原稿では、『リトル・オデッサ』や『アンダーカヴァー』などの過去作にも触れ、グレイ監督がどんな影響を受けて独自のスタイルを確立し、新作ではそれがこれまでにない要素とどのように結びついているかを明らかにするような書き方をしていますので、これまでグレイ作品に縁がなかった人にも参考になるかと思います。また、男女の複雑な感情を描き出す脚本と演出の素晴らしさも伝わるかと思います。

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テレンス・マリック 『トゥ・ザ・ワンダー』 レビュー

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彼女を目覚めさせ、解放するもの

テレンス・マリック監督の『トゥ・ザ・ワンダー』には、愛し合う男女や苦悩する神父の姿が描き出されるが、そんな登場人物を追いかけ、物語を見出すだけでは、おそらく深い感動は得られないだろう。マリックが描いているのは、人間ドラマというよりは、人間を含めた世界の姿だといえる。

しかもその世界は誰の目にも同じように見えるわけではない。この映画には、見えない糸が張り巡らされ、それをどうたぐるかによって感知される世界が変わってくるように思えるからだ。

ではなぜマリックはそんな表現を切り拓くのか。おそらく人間中心主義や比較的新しい哲学である環境倫理学と無関係ではないだろう。環境倫理学の創始者のひとりJ・ベアード・キャリコットはその著書『地球の洞察』の日本語版序文で、このようなことを書いている。

西洋哲学は長年にわたって人間中心主義の立場をとり、「自然は『人間』のための支援体制や共同資源、あるいは人間のドラマが展開する舞台に過ぎなかった」。これに対して環境倫理学者たちは、「人間の位置を自然の中に据えて、道徳的な配慮を人間社会の範囲を越えてひろく生物共同体まで拡大しようとした」。

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