今週末公開オススメ映画リスト2013/04/04

週刊オススメ映画リスト

今回は『海と大陸』『君と歩く世界』『ホーリー・モーターズ』『アントン・コービン 伝説のロック・フォトグラファーの光と影』の4本です。

『海と大陸』 エマヌエーレ・クリアレーゼ

2011年のヴェネチア国際映画祭で審査員特別賞に輝いたイタリアの俊英エマヌエーレ・クリアレーゼ監督の作品です(前作の『新世界』は2006年に同じ映画祭で銀獅子賞を受賞しています)。

同じイタリアのアンドレア・セグレ監督の『ある海辺の詩人―小さなヴェニスで―』レビューのなかで、筆者はセグレ監督が移民問題を題材にしたドキュメンタリーを監督していると書きました。『Come un uomo sulla terra / Like a Man on Earth』(08)では、リビアから地中海を渡ってイタリアにたどり着いた難民たちが苦難の道程を自ら語り、『Mare chiuso / Closed Sea』(12)では、イタリアとリビアの間で結ばれたアフリカ難民をめぐる協定の実態が明らかにされています。

シチリアと北アフリカの中間に位置するペラージェ諸島を舞台にした本作でも、アフリカ難民をめぐる問題が取り上げられています。それだけでなく、マッテオ・ガッローネ監督の『ゴモラ』レビューで書いたようなイタリアの南北問題と結びつけられているところも見逃せません。外部と内部の問題を交差させ、中央ではなく周縁から社会を見る視点が、作品を深いものにしています。

月刊「宝島」2013年5月号(3月25日発売)の連載コラムでレビューを書いていますので、ぜひお読みください。

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『嘆きのピエタ』 『孤独な天使たち』 試写

試写室日記

本日は試写を2本。

『嘆きのピエタ』 キム・ギドク

2012年ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞に輝いたキム・ギドク監督の新作。天涯孤独で冷酷な借金取りの男イ・ガンドの前にある日、母親だと名乗る謎の女が現れる。戸惑いつつも女を母親として受け入れていくガンド。果たして女は本当に母親なのか? なぜ、突然現れたのか?

『アリラン』試写室日記に書いたように、『悲夢』以降のギドクはどん底だった。しかし、脚本と製作総指揮を手掛けた『プンサンケ』(11)では、自分の世界を取り戻していた。

そしてこの新作では、自分の世界を取り戻すだけではなく、変化も見せる。明らかに作風や表現の幅が広がっている。これまではあえてそうしなかったのか、あるいは新たに身につけたのかは定かではないが、新作にはストーリーテリングの要素が加わっている。

これまでのギドクは、人物にしてもドラマにしても、もの言わぬ姿勢を貫くことでしばしば謎を謎のままにした。この新作ではストーリーテリングによって謎が解かれ、衝撃的な結末を迎える。しかし、おそらく見所はそこだけではない。そんなドラマの背景にはもの言わぬものの世界が広がっていて、それが胸に突き刺さってくる。

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今週末公開オススメ映画リスト2013/03/21

週刊オススメ映画リスト

今回は『ザ・マスター』『長嶺ヤス子 裸足のフラメンコ』『暗闇から手をのばせ』の3本です。

『ザ・マスター』 ポール・トーマス・アンダーソン

PTAの持つ強烈なオブセッションとそれを映像で表現しきってしまう豪腕ぶりに息をのみます。まずは『ザ・マスター』試写室日記をお読みください。

「キネマ旬報」2013年4月上旬号(3月20日発売)の『ザ・マスター』特集で、監督インタビュー、作品論、監督論につづくかたちで、「『ザ・マスター』とアメリカの50年代」というタイトルのコラムを書いております。ぜひお読みください。

映画はフィクションですが、PTAはサイエントロジーの始まりの時期をかなり詳しく調べ、ランカスター・ドッドという人物を創造しています。試写室日記では、サイエントロジーの実態に迫ったローレンス・ライトの『Going Clear』を取り上げましたが、「キネマ旬報」の原稿では、歴史学者ヒュー・B・アーバンの『The Church of Scientology: A History of a New Religion』を参考にしました。想像にすぎませんが、PTAも参考にしているように思えます。

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今週末公開オススメ映画リスト2013/03/14

週刊オススメ映画リスト

今回は『汚れなき祈り』『偽りなき者』『ある海辺の詩人―小さなヴェニスで―』『シャドー・ダンサー』『クラウド・アトラス』の5本です。非常に見応えがあって、奥の深い作品が並んでいます。

おまけとして『ひまわりと子犬の7日間』のコメントをつけました。

『汚れなき祈り』 クリスティアン・ムンジウ

2005年にルーマニアで実際に起こった「悪魔憑き事件」に基づいた作品ですが、決してその忠実な再現というわけではなく、ムンジウ監督の独自の視点がしっかりと埋め込まれています。

『汚れなき祈り』試写室日記でも書きましたが、この監督の素晴らしいところは、まずなによりも、限られた登場人物と舞台を通して、社会全体を描き出せるところにあると思います。カンヌでパルムドールに輝いた前作『4ヶ月、3週と2日』(07)では、チャウシェスク独裁時代の社会が、本作では冷戦以後の現代ルーマニア社会が浮かび上がってきます。

その前作がふたりの女子大生と闇医者、本作がふたりの若い修道女と神父というように、時代背景がまったく異なるのに、共通する男女の三角形を軸に物語が展開するのは決して偶然ではありません。ムンジウ監督が鋭い洞察によってこの三角形の力関係を掘り下げていくとき、闇医者や神父に権力をもたらし、若い女性たちから自由を奪う社会が炙り出されるということです。

この『汚れなき祈り』の劇場用パンフレットに、「社会を炙りだすムンジウの視線」というタイトルで、長めのコラムを書かせていただきました。自分でいうのもなんですが、なかなか読み応えのある内容になっているかと思います。劇場で作品をご覧になられましたら、ぜひパンフもチェックしてみてください。

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ショーン・ダーキン 『マーサ、あるいはマーシー・メイ』 レビュー

Review

現実を単純化した二元論的な世界に囚われてしまうことの恐怖

(レビューをお読みになるまえに『マーサ、あるいはマーシー・メイ』試写室日記をチェックされると、より盛り上がるかもしれません。このレビューが、あちらで提示したヒントの答えになっているともいえますので)

アメリカの新鋭ショーン・ダーキンの長編デビュー作『マーサ、あるいはマーシー・メイ』は、ヒロインのマーサがカルト集団の農場を密かに抜け出すところから始まる。森を抜け、町に出た彼女は、取り乱しながら姉に電話する。

結婚したばかりの姉は、建築関係の仕事をする夫と休暇を過ごしているところで、マーサは湖畔の豪華な貸別荘に迎えられる。しかし、彼女の精神状態は不安定で、現在とマーシー・メイという別の名前で過ごした過去、現実と幻想の区別がつかなくなっていく。

この映画はそんなヒロインの視点に立ち、緻密にして巧妙な編集によって現在のドラマと過去の体験の境界が曖昧にされている。その映像は確かに効果的で、私たち観客も混乱させられる。一般的に言えばこれは、マインド・コントロールの恐ろしさを生々しく描き出しているということになるはずだ。

だが、「普通」と「異常」という二つの世界があって、その境界が崩れていく映画であれば、筆者はさほど興味をそそられなかっただろう。

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