ジョエル&イーサン・コーエン 『シリアスマン』 レビュー

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不運を嘆き、考え込むのではなく、笑いに転化して前に進む

コーエン兄弟の『シリアスマン』は、これまでの彼らの作品と違った印象を与えるかもしれない。それは、ユダヤ系の家族やコミュニティのドラマにこの兄弟のバックグラウンドが反映されているからだ。しかし、ユダヤの文化や慣習を理解していなければ楽しめないということはない。この映画は、ひとつのことを頭に入れておけば、たっぷり楽しむことができる。

たとえば、ユダヤ文学には、シュレミール(schlemiel)やシュリマゼル(schlemazel)というように表現される人物像が頻繁に登場する。それらは、なにをやっても裏目に出るドジな人物や災いばかりが降りかかるどうにもついてない人物を意味する。コーエン兄弟にとってこうした人物像は身近なものであるはずだ。

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『floating view 郊外からうまれるアート』 [編] 佐々木友輔



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“郊外”をこれまでとは違う新たな視点からとらえ表現する試み

今年の2月から3月にかけてトーキョーワンダーサイトで行われた企画展「floating view 郊外からうまれるアート」の展覧会カタログ+論考集が刊行されました。

amazonで8月1日より販売開始、書店に置いていただく準備も進められているとのこと。

若林幹夫、藤原えりみ、藤田直哉、丸田ハジメ、渡邉大輔、柳澤田実、池田剛介、宮台真司、floating view参加作家という豪華な執筆陣で、私も参加させていただきました。詳しい内容はこちらをご覧ください。

『floating view 郊外からうまれるアート』

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『Deadmalls & Nightfalls』 by Frontier Ruckus

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閉鎖された巨大モールの記憶、サバービアの風景としての廃墟

茨城の取手を拠点に、「郊外」をテーマにした作品を撮る佐々木友輔監督の『新景カサネガフチ』(10)では、ショッピングセンターや東急ストア取手店の閉店・閉鎖のエピソード、その記憶を通して、人と風景の関係が掘り下げられていた。

ミシガン出身のバンド、Frontier Ruckusの音楽の背景にも“サバービア”がある。彼らが昨年リリースした『Deadmalls & Nightfalls』のジャケットには、ミシガンのWaterford Townshipにあったショッピングモール、Summit Place Mallの写真が使われている。

『Deadmalls & Nightfalls』 (2010)

Summit Place Mallは1963年に誕生し(最初はPontiac Mallと呼ばれていた)、2009年にその長い歴史に幕をおろした。↓これらの映像には、巨大モールの栄枯盛衰を見ることができるだろう。

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リサ・チョロデンコ 『キッズ・オールライト』 レビュー

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“普通の家族”は幻想だ

■■ある静かな革命的行為■■

アメリカの作家デイヴィッド・レーヴィットの『愛されるよりなお深く』には、ダニーとウォルターというゲイのカップルが登場する。彼らは都会ではなく、ニュージャージーの郊外住宅地に暮らしている。

ウォルターが郊外を選んだ理由はこのように表現されている。「彼は、ある静かな革命的行為に出る決心をした――生まれ持った性的嗜好を郊外の家庭生活のなかに織り込む。都会の土壌に根づいた同性愛の種を掘り出し、緑の庭の健全なる大地に植え変える

一方、ダニーは家庭についてこのように語っている。「七〇年代に離婚家庭や不幸な家庭に育った子供たちは、大人になると、自分には縁のなかった、だが子供心にずっと渇望してきた堅実な家庭を改めてつくろうとする。これは世代の特徴だよ、とダニーは言う

この小説が出版されたのは89年のことであり、いまではゲイのカップルが都会から郊外に移り、二人で堅実な家庭を作ろうとするだけでは「静かな革命的行為」とはいえないだろう。

それでは、リサ・チョロデンコ監督の『キッズ・オールライト』に登場するレズビアンのカップルの場合はどうか。ニックとジュールスは都会ではなく、南カリフォルニアの郊外住宅地に暮らしている。彼女たちは精子バンクを利用してそれぞれに子供を出産した。ドナーは同一人物で、ニックが産んだ娘ジョニは18歳、ジュールスが産んだ息子レイザーは15歳になっている。この映画ではそんな家族を主人公にして、ジョニが大学進学のために家を離れるまでのひと夏のドラマが描かれる。

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『ツリー・オブ・ライフ』試写



試写室日記

本日は試写を1本。

『ツリー・オブ・ライフ』 テレンス・マリック

『ニュー・ワールド』(05)以来となるテレンス・マリックの待望の新作。ブラッド・ピット、ショーン・ペン主演。宇宙や太古の自然、生命などの映像にはそれほど心を動かされなかった。しかし、50年代の日常のドラマには、異様な凄みがある。

筆者はだいぶ前から、マリックが50年代以降の世界に深く絶望し、そこで失われたものを呼び覚まそうとしているように感じていた。

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