ワン・ビン 『三姉妹~雲南の子』 レビュー



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劣悪な環境にも適応していく、野生的ともいえる生命力

世界の注目を集める中国の鬼才ワン・ビン監督のドキュメンタリー『三姉妹~雲南の子』では、中国国内でも最も貧しいといわれる雲南省の高地(標高3200m)にある村に暮らす10歳、6歳、4歳の三姉妹の過酷な生活が映し出される。母親はだいぶ前に家族を捨て、父親は遠方の町に出稼ぎに行っている。

この作品と4月に公開された新鋭ベン・ザイトリン監督の『ハッシュパピー バスタブ島の少女』には注目すべき共通点がある。後者は温暖化による海面上昇の影響をもろにうける南ルイジアナの低地を舞台に、ハリケーン・カトリーナの悲劇や格差による貧困といった現実を反映したファンタジーだ。

どちらの映画も苦境に追いやられた少女の姿から、政治や社会に対する批判的なメッセージを読み取れないことはない。繁栄の裏にある厳しい現実が浮き彫りにされているからだ。

だが、二人の監督の関心は明らかに別のところにある。彼らが見つめるのは、いかに劣悪な環境であっても、それに適応していく野生的ともいえる生命力だ。

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ハーモニー・コリン 『スプリング・ブレイカーズ』 レビュー

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アメリカン・ドリームに眠りはない

ハーモニー・コリンの新作『スプリング・ブレイカーズ』は、夢についての映画だ。それもただの夢ではなく、“アメリカン・ドリーム”についての映画といえる。

女子大生のフェイス、キャンディ、ブリット、コティは、刺激のない大学生活にうんざりしている。他の学生たちはスプリング・ブレイク(春休み)を思い思いに過ごそうとしているのに、彼女たちには先立つものがなく、どこにも行くことができない。

そこで、おもちゃの銃でダイナーを襲い、奪った金でフロリダに向かい、ビーチでパーティ三昧の楽しいときを過ごす。だが、調子に乗りすぎて警察に捕まってしまう。

そんな彼女たちに救いの手を差し伸べるのが、エイリアンを名乗るドラッグディーラーだ。プールつきの豪邸に彼女たちを案内したエイリアンは、アメリカン・ドリームを連呼する。そして、4人のヒロインたちは、そのアメリカン・ドリームをめぐって異なる道を選択していくことになる。

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『ペーパーボーイ 真夏の引力』 『熱波』 試写

試写室日記

本日は試写を2本。

『ペーパーボーイ 真夏の引力』 リー・ダニエルズ

『プレシャス』で注目を集めたリー・ダニエルズ監督の新作は、ピート・デクスターのベストセラー小説の映画化。まだ人種差別が色濃く残る60年代末の南部フロリダを舞台にした異色のノワールだ。

もちろんミステリーとしての謎解きもあるし、暴力やセックスの描写は強烈な印象を残すが、必ずしもそれらが見所というわけではない。

前作の原作であるサファイアの『プレシャス』(最初は『プッシュ』だったが、いまは映画にあわせたタイトルに変更されている)の場合もそうだが、ダニエルズ監督は自分の世界を表現するのにふさわしい題材を選び出していると思う。

彼が、ゲイであることをカムアウトしていて、子供の頃にインナーシティの低所得者向け公営住宅の黒人家庭でどんな体験をしたかについては、「レーガン時代、黒人/女性/同性愛者であることの痛みと覚醒――サファイアの『プッシュ』とリー・ダニエルズ監督の『プレシャス』をめぐって」のなかで触れた。

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トマス・ヴィンターベア 『偽りなき者』 レビュー

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コミュニティが不可視の集団へと変わるとき

トマス・ヴィンターベア監督の新作『偽りなき者』の出発点は、〝ドグマ95〟の第一弾として世界的な注目を集めた彼の『セレブレーション』(98)まで遡る。

映画が公開された後で、この監督と同じ通りに住む著名な精神科医が、映画の内容に関心を持ち、直接訪ねてきた。そして、研究事例の資料を差し出し、それを映画にすべきだと提案した。ヴィンターベアは資料を受け取ったものの、すぐに目を通すことはなかった。

『セレブレーション』では、自殺した双子の妹とともに幼い頃に父親から性的虐待を受けていた主人公が、父親の還暦を祝う席で苦痛に満ちた過去を暴露する。精神科医が注目するのもよくわかる題材ではあるが、コミューンで育ったヴィンターベアが最も関心を持っていたのは、おそらく集団の心理だった。だから資料を放置したのだろう。

しかしそれから10年後、離婚も経験したヴィンターベアは精神科医が必要になり、彼に連絡をとった。もちろん礼儀として資料にも目を通した。そして衝撃を受けた。

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今週末公開オススメ映画リスト2013/03/28

週刊オススメ映画リスト

今回は、『ハーブ&ドロシー ふたりからの贈りもの』『隣人 ネクストドア』『チャイルドコール 呼声』の3本に、“フレンチ・フィーメイル・ニューウェーブ”で特集上映される3作品『グッバイ・ファーストラブ』『スカイラブ』『ベルヴィル・トーキョー』を加えた計6本です。

『ハーブ&ドロシー ふたりからの贈りもの』 佐々木芽生

2010年に公開されてロングランを記録したドキュメンタリー『ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人』の続編です。但し、前作を観ていなくともわかるような構成になっています。この2作品の魅力は、“小さいことがとても大きなものにつながる”という言葉に集約できます。

郵便局員と図書館司書だったハーブとドロシー夫妻は、独自の審美眼と類希な情熱で、お給料で買えて1LDKのアパートに収まるアートを買い集め、それがいつしか世界でも屈指の歴史に残るアートコレクションになります。ふたりはそのコレクションを一点も売ることなく、アメリカの国立美術館に寄贈します。それが前作の物語でした。

この続編では、その国立美術館でさえも夫妻の大量のアートをすべて受け入れることが不可能であることが判明し、全米50州の美術館に50作品ずつ、計2500点を寄贈するプロジェクトが動き出します。そのプロジェクトが背景になっているので、ハーブとドロシーとともに、全国に散っていったコレクションを訪ねて歩くロード・ムービーと見ることもできます。

ハーブとドロシーはコレクターとして作品を買うだけではなく、アーティストの成長や作品の変化を追いかけ、その本質を知ろうとすることによって、アーティストたちと親密な関係を築き上げてきました。そういう意味では、ハーブとドロシーが親で、アーティストが子供たちで、彼らの作品が孫ともいえます。この映画は、コレクションが分散するという難しい選択を通して、そんな親密な関係を再確認していく物語ともいえます。

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