『New History Warfare Vol.2: Judges』 by Colin Stetson

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リード楽器と身体を極限まで駆使する圧巻のひとりオーケストラ

コリン・ステットソン(Colin Stetson)というリード奏者の名前は知らなくても、彼が生み出す音に触れている人は少なくないはずだ。たとえば、トム・ウェイツ(Tom Waits)の『Alice』や『Blood Money』、『Orphans』とか、Arcade Fireの『Neon Bible』や『The Suburbs』、TV On the Radioの『Return to Cookie Mountain』や『Dear Science』、Yeasayerの『Odd Blood』、そしてBon Iverのニューアルバム『Bon Iver, Bon Iver』(11)にも。

ステットソンがどんな音を出しているのか、とりあえず彼のサックスがフィーチャーされたArcade Fireのショート・フィルムの予告編でも見てみますか。監督はスパイク・ジョーンズです。

でもステットソンが本領を発揮するのはやはりソロでしょう。でかくて重いバス・サックスと一体化した超絶技巧をご覧あれ。

Colin Stetson | Awake on Foreign Shores & Judges | A Take Away Show from La Blogotheque on Vimeo.

テープとかループを使っているわけではない。循環呼吸、キーでリズムを生み出す指使い、ヴォーカリゼーション、過剰なブロウや残響、楽器の特性と身体を駆使してユニークな音楽が生み出される。ミニマル・ミュージックのようでもあり、アルバート・アイラーのようでもある。

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『Bon Iver, Bon Iver』 by Bon Iver



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場所に対する感覚、個人的な体験、音楽的な記憶が混ざり合うサウンドスケープ

Bon IverことJustin Vernonは、場所に対する独特の感覚を培い、サウンドスケープを作り上げている。彼に大きな成功をもたらした『For Emma, Forever Ago』(08)は、雪に閉ざされた森で生まれた。

バンドの分裂や彼女との破局、体調不良などの重荷を背負ったVernonは、2006年の冬に父親が所有するウィスコンシンの山小屋にひとりでこもった。ギターやドラム、ホーン、マイクを持ち込んでいた彼は、そこで自己の音楽的世界を見出した。

以前ブログで取り上げたArboreaは、夫婦のユニットで、メイン州の自然のなかに暮らし、自然にインスパイアされて独自の世界を切り拓いているが、彼らはあるインタビューで冬が最も刺激をもたらすと語っていた。厳しい寒さのなかで孤立すること、計り知れない孤独が刺激になるというのだ。

『For Emma, Forever Ago』 (2008)

もちろん、冬の森で計り知れない孤独を味わうことが、必ずインスピレーションをもたらすわけではない。ウィスコンシンの自然のなかで育ったVernonは、山々や湖によって感性を培われた。2006年の冬に山小屋にこもったときには、2頭の鹿を仕留め、食料にしていたという。


Written by Justin Vernon with Andre Durand and Dan Huiting
Directed by Andre Durand and Dan Huiting
Produced by Daniel Cummings and Picture Machine Productions
Filmed in April 2011 in Fall Creek, WI

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『Wolf Notes』 by AR (Autumn Richardson and Richard Skelton)

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ランカシャーからカンブリアへ―スケルトンの新たな試み=AR

リチャード・スケルトン(Richard Skelton)の『Landings』についてはレビューをアップしたが、彼はその先にどのようなサウンドスケープを切り拓こうとしているのか。どこかのサイトのインタビューでは、A Broken Consort名義の新作を出すと語っていたような気もする。しかし一方では、これまでとは違う試みにも挑戦している。

ARはSkeltonの新たなプロジェクトだ。これはひとりの作業ではなく、ヴォーカリスト、Autumn Richardsonとのコラボレーションである。スケルトンの音楽では場所が重要な意味を持っている。これまでの作品ではその場所は、彼が暮らすランカシャーのWest Pennine Mooreや、家から遠くないところにあり、かつて農民が暮らした家屋の廃墟が残るAnglezarke Mooreだった。

●Type recordsによる『Wolf Notes』Stream
AR – Wolf Notes by _type

しかし、ARの『Wolf Notes』ではランカシャーからさらに北に向かう。カンブリア州にあるUlphaの風景、地名、動植物などにインスパイアされ、この土地へのオマージュになっている。

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『kuniko plays reich』 by Kuniko Kato

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ライヒと加藤訓子の相性について――ライヒを聴き比べてみる

国際的な舞台で活躍するパーカッショニスト、加藤訓子のニューアルバム『kuniko plays reich』は、タイトルが物語るように、ミニマル・ミュージックを代表するアメリカの作曲家スティーヴ・ライヒの楽曲集だ。

アルバムに収められているのは3作品。そのうち、もともとギタリストのパット・メセニーを想定して作曲された<Electric Counterpoint>と、フルーティストのランサム・ウィルソンを想定した<Vermont Counterpoint>は、パーカッション向けにアレンジされている。

kuniko reich

『kuniko plays reich』 (2011)

ライヒ監修というお墨付きの作品だが、このふたりの音楽性は、とても相性がいいのではないか。ライヒは小さい頃に最初にピアノを習い、それからドラムに興味が移り、それがアフリカの打楽器やガムランへとつながっていった。

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『Red Planet』 by Arborea

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メイン州の豊かな自然、媒介としての音楽

『Red Planet』は、Arboreaのニューアルバムだ。Arboreaは、Buck CurranとShanti Curranという夫婦のユニットで、メイン州を拠点に活動している。

たとえば、ニューオーリンズを拠点に活動するグループHurray for the Riff Raffや、このArboreaの音楽には、“メディア”という言葉がかつて持っていた意味を思い出させるような独特の響きを感じる。

加藤秀俊の『メディアの発生――聖と俗をむすぶもの』(中央公論新社、2009年)では、メディアが持っていた意味がこのように説明されている。「その原型になっているのは聖俗をつなぐ「霊媒」のことでもあったのだ。そのような意味での「メディア」は現代の文明世界でもけっして消滅したわけではない

『Red Planet』 (2011)

もちろん、たとえばすでにこのブログで取り上げているJana WinderenやRichard Skeltonの音楽にもそれは当てはまる。にもかかわらず、ここで特にHurray for the Riff RaffとArboreaに注目しようとするのにはわけがある。

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