『サード・パーソン』 劇場用パンフレット

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三つの物語から浮かび上がる作家の葛藤と再生

2014年6月20日(金)よりTOHOシネマズ日本橋ほか全国ロードショーになるポール・ハギス監督の新作『サード・パーソン』の劇場用パンフレットに上記のようなタイトルで作品評を書いています。

この映画では、パリ、ローマ、ニューヨークという3つの都市を舞台に、3組の男女の関係が並行して描かれていきます。ところが物語が展開するうちに、普通ではありえないことが起こり、必ずしもリアリズムに立脚した作品ではないことに気づきます。

監督のハギスが「これは3つのラブストーリーのフリをしているけれど、実はパズルのような映画なんだ」(『サード・パーソン』公式サイト)と語っているように、この映画には、劇中に散りばめられたヒントを手がかりに、複雑な繋がりを読み解いていく楽しみがあります。(ちなみに、公式サイトには、ネタバレ不問でそれぞれの解釈を紹介するコーナーがあり、筆者も寄稿していますが、パンフレットの原稿とは違った切り口になっています)

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ヘンリー=アレックス・ルビン 『ディス/コネクト』 レビュー

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現代における他者との関係を炙り出すネット社会版『クラッシュ』

ヘンリー=アレックス・ルビンが監督した『ディス/コネクト』を観て、すぐに思い出すのはポール・ハギスの『クラッシュ』だ。クルマ社会における人と人の距離に着目することで、複数の人物が入り組むポリフォニック(多声的)な物語を巧みに構築していくのが『クラッシュ』であるとするならば、この映画はそのネット社会版といえる。

『クラッシュ』では、クルマをめぐる様々なトラブルを起点として、人種や階層に関わる溝が浮かび上がり、軋轢が生じ、悲劇に発展していく。登場人物たちは、目に見える他者の表層に対する先入観や偏見に振り回されることになる。

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『ザ・マスター』 『野蛮なやつら/SAVAGES』 試写

試写室日記

本日は試写を2本。

『ザ・マスター』 ポール・トーマス・アンダーソン

アンダーソンのオブセッションと深く結びついた強烈なオリジナリティに圧倒される。IBDbで偶然見かけたある観客の感想がこの映画の魅力を物語っている。細かいことは忘れてしまったが、その人は、よくわからないが、すごい映画だと思うという趣旨のことを書いていた。

一般的にアメリカではやはりまずわかりやすさが求められる。だからこの映画のように、明確なストーリーではなく、複雑な内面を持つ二人の主人公のキャラクターがそのまま映画の世界になっているような作品というのは、わからないですまされかねない。ところが、わからなくてもすごいと思われるということは、尋常ではない説得力を持っているということになる。

この映画には、個人的に興味をそそられる要素がいろいろ盛り込まれている。たとえば、これは偶然だが、筆者は、『倒壊する巨塔:アルカイダと「9.11」への道』を書いたジャーナリスト、ローレンス・ライトの新作『Going Clear:Scientology,Hollywood, and the Prison of Belief』を読み出したところだった(いや、Audiobookでゲットしたので聴き出したところだったというべきか)。

本書はサイエントロジーの実態に迫るノンフィクションで、タイトルにあるように、ハリウッドとの繋がりも掘り下げられている。話は少しそれるが、導入部は若き日のポール・ハギスが勧誘されるところからはじまる。以前、ハギスの『スリーデイズ』の原稿を書いたときに、カナダ・オンタリオ州生まれのハギスが20代でハリウッドに出てきた経緯がなんとなく気になっていたのだが、その頃からすでにサイエントロジーと関わりがあったことがわかる。

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ケン・ローチ 『ルート・アイリッシュ』 レビュー

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戦争の民営化、冷酷なシステムによって崩壊していく地域社会

ケン・ローチの新作『ルート・アイリッシュ』(10)は、2007年、リヴァプールの教会における葬儀の場面から始まる。主人公のファーガスとフランキーは幼なじみの親友で、ともに兵士としてイラク戦争に参加した。だが、ファーガスが先に帰国し、残ったフランキーは無言の帰宅を果たすことになった。

フランキーが亡くなった場所は、バグダード空港とグリーン・ゾーン(米軍管理区域)を結ぶルート・アイリッシュ、イラクで最も危険な区域だった。関係者は、まずいときにまずい場所にいたという説明を繰り返すが、ファーガスは納得することができない。

それは激しいショックで自制心を失っているからだけではない。フランキーが亡くなった日、ファーガスの電話には「大事な話がある」という親友からの切迫したメッセージが残されていた。さらに、フランキーが残した携帯電話によって疑惑は決定的となる。そこには、フランキーが行動をともにしていた兵士ネルソンによって罪もない民間人が殺害される瞬間が記録されていた。

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ポール・ハギス 『スリーデイズ』 レビュー

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代償は高くても自由を求める意味を考える

ポール・ハギスがアメリカ映画界で成功を収めるきっかけは、クリント・イーストウッド監督の『ミリオンダラー・ベイビー』(04)の脚本を手がけたことだった。F・X・トゥールの短編集『テン・カウント』(文庫のタイトルは『ミリオンダラー・ベイビー』)を原作にしたこの脚本には、ハギスの思いや独特の人生観を見出すことができる。

1953年、カナダ・オンタリオ州生まれのハギスは、20代でハリウッドにたどり着き、テレビの世界に入ってこつこつと経験を積み重ね、脚本家としての地位を築き上げた。しかしそれはあくまでテレビ界における評価だった。彼の夢は劇映画の脚本を書き、監督することだった。そこで、世紀が変わろうとするころ、40代後半にさしかかっていた彼は、だめもとで劇映画の脚本を書き出した。それが『ミリオンダラー・ベイビー』だった。

この映画に登場するヒロイン、マギーは、13歳からずっとウェイトレスとして働き、30代になってもボクシングのトレーニングを続けている。ハギスがそんな彼女に共感を覚えても不思議はないだろう。だが、彼が作り上げたのは、スポ根ものの成功物語ではない。

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