リー・ダニエルズ 『ペーパーボーイ 真夏の引力』 レビュー

Review

ミステリーの背後でせめぎ合う人種、階層、セクシャリティ

『プレシャス』で注目されたリー・ダニエルズ監督の新作『ペーパーボーイ 真夏の引力』は、まだ人種差別が根深く残る60年代末の南部フロリダを舞台にした異色のノワールだ。

田舎町における青年ジャックの鬱屈した日々は、マイアミの新聞社に勤める兄ウォードの帰省でがらりと変わる。彼の目的はヒラリーという死刑囚の冤罪疑惑の調査だったが、それを手伝うことになったジャックは、調査の依頼主である死刑囚の婚約者シャーロットに心を奪われ、悪夢のような世界に引き込まれていく。

人種差別主義者の保安官がめった刺しにされた事件で、冤罪疑惑が浮上するとなれば、時代や舞台から死刑囚は黒人だと思いたくなる。ところが、そんな予想が裏切られるばかりか、白人と黒人をめぐる単純な図式が次々と覆されていく。


ちなみに、ダニエルズ監督はあるインタビューで、彼の映画を見ることは、黒人でゲイの人間の目を通して世の中を見ることだと語っている。

登場人物の運命を決めるのは人種の違いだけではない。極端に奥手のジャックは、血の繋がった家族よりも彼を育てた黒人のメイドと強い絆で結ばれている。だから自分の家族とは違う、プワホワイトのシャーロットの奔放さに魅了される。

だが、同じプアホワイトでもシャーロットと死刑囚のヒラリーの立場や価値観はまったく違う。ヒラリーは貧しさゆえに、似た境遇にある黒人を激しく憎悪する。彼女の方は黒人の女性と境遇を分かち合っている。その一方では、ウォードの相棒の記者ヤードリーが、アフリカ系のイギリス人であるため、南部で奇妙な立場に立たされる。

つまりこのドラマでは、人種、階層、セクシャリティなどが錯綜し、激しくせめぎ合っているのだ。

(初出:月刊「宝島」2013年8月号、若干の加筆)