『In The Mist』 by Harold Budd

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デレク・ジャーマン、サイ・トゥオンブリー、死者との交感

ハロルド・バッドは、『Avalon Sutra』でひとたび引退宣言をしたものの、それを撤回し、音楽活動をつづけている。『In The Mist』は、この1936年生まれのコンポーザー/ピアニストの年齢にも関わる境地を感じさせる作品になっている。

全体は、“The Whispers”、“The Gun Fighters”、“Shadows”の三部で構成されている。一部は静謐なピアノ主体、二部ではパーカッシブな要素が入り(といっても基本的なトーンは変わらない)、いくぶん動的になり、三部は静謐なストリング・クァルテットで締めくくられる。

『In The Mist』

harold budd – in the mist (album preview) by experimedia

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『Katrina Ballads』 by Ted Hearne

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ハリケーン・カトリーナの悲劇はどのように記憶されていくのか

リッチー・バイラークのアルバムをめぐって、文化的記憶のことを書いたら、Ted Hearneの『Katrina Ballads』のことを思い出した。Hearneは1982年生まれの若い作曲家・指揮者であり、自ら演奏したり歌ったりもする。

『Katrina Ballads』の題材は、ハリケーン・カトリーナの悲劇だ。マリタ・スターケンは『アメリカという記憶』のなかで、ベトナム戦争とエイズ流行を中心に、ケネディ暗殺、チャレンジャー号爆発事故、ロドニー・キング殴打事件、湾岸戦争などを通して、文化的記憶を論じているが、いまそのテーマに迫るとしたら、ハリケーン・カトリーナの悲劇を取り上げることだろう。

『Katrina Ballads』では、クラシック、オペラ、ゴスペル、ミニマル・ミュージック、エレクトロニック、ロック(特にギター)、ジャズ(管楽器のアンサンブルとか)、ブロードウェイ・ミュージカルといった多様なジャンルが混ざり合い、壊れた世界を再びひとつにしようとする。

『Katrina Ballads』

Hearneが創造した現代のオラトリオは、賞も受賞し、メディアから2010年のベスト・クラシック・アルバムという評価も受けているが、多くの人々にその物語が受け入れられ、共有されているのかといえば、そういうわけでもなさそうだ。少なくとも最初は厳粛な空気に引き込まれる。

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『kuniko plays reich』 by Kuniko Kato

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ライヒと加藤訓子の相性について――ライヒを聴き比べてみる

国際的な舞台で活躍するパーカッショニスト、加藤訓子のニューアルバム『kuniko plays reich』は、タイトルが物語るように、ミニマル・ミュージックを代表するアメリカの作曲家スティーヴ・ライヒの楽曲集だ。

アルバムに収められているのは3作品。そのうち、もともとギタリストのパット・メセニーを想定して作曲された<Electric Counterpoint>と、フルーティストのランサム・ウィルソンを想定した<Vermont Counterpoint>は、パーカッション向けにアレンジされている。

kuniko reich

『kuniko plays reich』 (2011)

ライヒ監修というお墨付きの作品だが、このふたりの音楽性は、とても相性がいいのではないか。ライヒは小さい頃に最初にピアノを習い、それからドラムに興味が移り、それがアフリカの打楽器やガムランへとつながっていった。

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『’Round Midnight (Homage to Thelonious Monk)』 by Emanuele Arciuli



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20の<Round Midnight>と、ひとつの<Round Midnight>

ジャズ史のなかで異彩を放つ唯一無二のピアニスト、セロニアス・モンク。これまで様々なミュージシャンたちが、モンクのトリビュート作品を発表してきたが、Emanuele Arciuliの『’Round Midnight (Homage to Thelonious Monk)』は、そのどれとも似ていない。まったく異色の作品といえる。

Emanuele Arciuliは、イタリアのクラシックのピアニストだ。トリビュート作品では当然、モンクの生み出した様々な楽曲が取り上げられるはずだが、このアルバムでは、モンクの代表曲にしてスタンダード・ナンバーになっている<Round Midnight>だけだ。

round midnight

'Round Midnight (Homage to Thelonious Monk)

Arciuliは、これまで一緒に仕事をしてきたアメリカとヨーロッパの作曲家たちに協力を求め、それぞれの作曲家が<Round Midnight>の同じテーマの変奏を試みた。

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