クロード・シャブロル 『刑事ベラミー』 レビュー

Review

「目に見えぬ別の物語が必ずある」――W・H・オーデン

クロード・シャブロル監督の遺作『刑事ベラミー』(09)の主人公は、ジェラール・ドパルデュー扮するベラミー警視で、映画では三面記事をヒントにした保険金詐欺事件が描かれる。だが、この主人公が公務で事件の捜査に乗り出すわけではない。

ベラミーは妻のフランソワーズとともに彼女の出身地であるセートで休暇を過ごしている。そんな彼に事件に深く関わる男ノエルが接触してくる。テレビでニュースを見ていた警視が、事件に関心を持っていても不思議はないが、あくまで事件の方が彼のプライベートな領域に転がり込んでくるのだ。

では、ノエルはなぜベラミーを選んだのか。ベラミーは回顧録も出版するほどの有名人という設定になっている。その回顧録の愛読者であるノエルは、そこから知りえた警視の人柄になにか期待するものがあったに違いない。


しかも、転がり込んでくるのは事件だけではない。ベラミーの腹違いの弟、前科があって定職につくこともなくぶらぶらしているジャックが現れ、家に滞在することになる。

そして、事件と素行のよろしくない弟が警視のプライベートな領域を浸食していくことが、エロティシズムにも繋がる独特の空気を醸し出していく。

たとえば、夜中に呼び出されたベラミーが、ノエルが隠れているモーテルで話を聞く件は重要だが、それほど時間を割く必要がない。なぜなら、家に戻ったベラミーが、一部始終を妻に伝えるはずだからだ。

それは寝室のベッドのなかで行われる。まさに事件がプライベートな領域を浸食していく光景といえる。ベラミーは、不倫相手の女のために事件を起こしたノエルの話をしながら、妻に尋ねる。「君が不倫してたら、どうやって隠す?」。すると妻はこう答える。「言ったら、不倫にならない」。

そんな会話はさり気ない伏線にもなっているが、この場面には他にも注目すべき点がある。ベラミーは、ノエルと事件のことをあれこれ推測しつつ、妻の胸に手をやり、彼女もその気になりつつあるように見える。ところがそこで彼は、ノエルの身分証が偽造であることを思い出したように語り、欲情が断ち切られてしまう。

この映画では、夫婦の間でそんなことが繰り返されている。ベラミーは、妻の胸や尻に手をやり、キスを求め、妻のフランソワーズは、パーティに向かう途中で下着を着けていないと告白する。ふたりはお互いを誘惑し、気持ちは高まっているのに、もう一歩というところで途切れ、延期されていく。

この繰り返しは、夫婦それぞれの心理に影響を及ぼしていく。ベラミーがノエルに、フランソワーズが夫とギクシャクしているジャックに対して、同情心のようなものを示すのは決して偶然ではないだろう。

だが、どちらも同情心の対象となる人物のことがはっきりと見えているわけではない。W・H・オーデンの引用にあるように、そこには、目には見えない別の物語が存在している。結局、人は真実を見極めるのではなく、他者との関係を成り立たせる物語を選択していくしかないのだろう。

そして、物語の選択を誤れば重い十字架を背負うことになる。ベラミーの回顧録とは、彼が選択した物語といえる。ノエルと名乗る男は、その物語に支えられた警視に期待した。

もしかすると、ノエルの出現と弟ジャックとの再会は、ベラミーが別の物語を選択する最後の機会だったのかもしれない。しかし、引き延ばされ、満たされない欲情が選択を狂わせ、回顧録の警視を演じ、期待に応えていく。

実は、回顧録に描かれるベラミー警視の起源は、まだ幼かった頃の弟との愛憎関係にある。そんな警視の物語は、最後にある出来事をきっかけに脆くも崩れ去っていく。