ロドリゴ・ガルシア 『アルバート氏の人生』 レビュー

Review

個人という枠組みを超えて響き合い、引き継がれていくもの

『彼女を見ればわかること』(99)や『美しい人』(05)、『愛する人』(09)を振り返ってみればわかるように、ロドリゴ・ガルシアは、基本的には自分で脚本を書き、監督するタイプのフィルムメーカーだ。例外は、アン・ハサウェイ主演の『パッセンジャーズ』(08)だが、やはり彼の独自の世界を描き出せる題材ではなかった。

新作の『アルバート氏の人生』(11)もガルシアのオリジナルな企画ではないし、脚本にもタッチしていない。企画の出発点は、1982年にグレン・クローズが主役を演じ、オビー賞を獲得した舞台であり、この舞台に運命を感じたクローズは30年近くかけてその映画化にこぎつけた。ガルシアとは『彼女を見ればわかること』と『美しい人』で一緒に仕事をしていることもあり、彼に監督を依頼したのだろう。

この作品は昨年の東京国際映画祭コンペ作品の試写で観たが(その時点では『アルバート・ノッブス』というタイトルだった)、ガルシアのオリジナルな企画ではないので正直なところそれほど期待はしていなかった。しかし映画からはガルシアの世界が浮かび上がってきた。


舞台は19世紀アイルランドのダブリン。ホテルのウェイターとして働く主人公のアルバート・ノッブスには秘密がある。身寄りのない人間がひとりで生きていくため、14歳のときに性を偽って職を手に入れ、それ以来、男として孤独な人生を歩んできたのだ。しかし、同じような立場にありながら、自由に生きているペンキ職人ヒューバートを出会ったことがきっかけで、彼/彼女の心は揺れ出す。

アルバートは、女性としてのアイデンティティを取り戻し、呪縛から解き放たれるのか。チップをこつこつ貯めてきた金で、自分の店を持つという夢を叶えられるのか。想いを寄せるホテルのメイド、ヘレンへの求婚は実を結ぶのか。それらがハッピーエンドになっても、悲劇的な結末を迎えても、それだけであれば筆者はあまり心を動かされなかっただろう。

ガルシアは、個人としての女性の心情を繊細に描き出すだけではなく、ときとして個人という枠組みを超えて響き合うなにかをとらえようとしてきた。

たとえば、『美しい人』の9つの物語はそれぞれ独立しているように見えながら、実は若さから老いへと向かう流れがあり、相互に響き合い、母親と娘というモチーフが深められている。『愛する人』では、母親と娘が死という揺るぎない現実によって隔てられるが、他の母親や娘たちの想いと共鳴することで、生と死を超える絆が生み出される。

この新作でもそんなガルシアならではの視点が印象に残る。アルバートという個人の運命が支配するドラマはいつしか消え去る。そして、このヒロインの存在がヒューバートやヘレンと響き合い、引き継がれていくような世界が浮かび上がってくるからだ。