ロバート・ゼメキス 『フライト』 レビュー01



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Review

巡り合せが啓示に見えるゼメキスの奥深さ

ロバート・ゼメキスが久しぶりに実写に挑んだ『フライト』は、冒頭から私たちを一気に映画の世界に引き込む。

前の晩に客室乗務員と盛り上がった機長ウィトカーは、コカインで景気をつけてフライトに臨み、機内でも人目を盗んで酒を飲んでいる。驚きはそれだけではない。

なんらかの故障で機体が制御不能に陥ると、背面飛行という離れ業で危機を切り抜け、奇跡ともいえる緊急着陸を成し遂げる。だが、彼の血液中からアルコールが検出され、公聴会が開かれることになる。

ゼメキスが切り拓く世界では、“巡り合せ”が重要な位置を占めている。彼の作品の主人公は、個人の意志や能力だけで壁を乗り越えたり、なにかを達成するわけではない。

『フォレスト・ガンプ/一期一会』(94)の主人公は、母親の教えを愚直に守っているに過ぎないが、巡り合せが彼を聖人にし、望むべくもなかった家族をもたらす。『キャスト・アウェイ』(00)で無人島に囚われた主人公を変えるのは、島に流れ着いた簡易トイレの残骸であり、「潮がなにかを運んでくる」が彼の人生訓になる。


この新作では、導入部で二つのドラマを同時進行させることによって、そんな巡り合せが巧みに強調されている。緊急着陸と並行して描かれるのは、薬物依存症に苦しむ女性ニコールのドラマだ。

彼女は知人の男からドラッグを渡されるときに、打つのではなく吸うように念を押されるが、ある揉め事のせいでたまたま箱から転がり落ちた注射器の誘惑に負け、過剰摂取で病院に担ぎ込まれる。しかし、事故現場から搬送されたウィトカーと偶然に出会ったことがきっかけとなり、やがて更生の道を歩んでいく。

このニコールのエピソードは、ウィトカーが直面する現実の伏線になっている。彼は、刑務所に送られるかもしれないという不安からアルコールに溺れていく。さらに、事故の調査によって現場からウォッカのミニボトルが発見される。ちなみに映画の終盤には、私たちの注意を喚起するように、同じミニボトルがクローズアップで映し出される場面がある。

この映画では発見されたミニボトルは単なる証拠ではない。おそらくウィトカーは、フライトのたびに同じ事を繰り返していたはずだ。しかし、たまたまその日は、機が乱気流に巻き込まれたためにドリンクのサービスを中止し、そして事故が起こり、ミニボトルが問題になることになった。

そんな巡り合せがなにかの啓示のように思えてくるところに、ゼメキスの奥深さがある。

(初出:「キネマ旬報」2013年3月上旬号)