ベント・ハーメル 『クリスマスのその夜に』 レビュー



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Review

人生の様々な局面をくぐり抜け、新たな生命の誕生が祝福される

『キッチン・ストーリー』や『酔いどれ詩人になるまえに』のベント・ハーメル監督の新作は、ノルウェーの人気作家レヴィ・ヘンリクセンの短編集の映画化だ。『クリスマスのその夜に』では、クリスマス・イヴを迎えたノルウェーの田舎町を舞台に、複数の登場人物の複数の物語が交差しながら展開していく。

結婚生活が破綻し、妻に家を追い出されたパウルは、サンタクロースに変装して、妻と新しい恋人と子供たちがイヴを過ごすかつての我が家に忍び込み、なんとか子供たちにプレゼントを渡そうとする。

なぜか一人で町をうろつく少年トマスは、上級生の少女ビントゥに声をかけられる。イスラム教徒だからクリスマスを祝わないというビントゥに、トマスも「うちもサンタを信じていない」と小さな嘘をつき、彼女の家に立ち寄ることになる。


今年のイヴこそ故郷に帰ると決めたものの、電車賃もないホームレスのヨルダンは、トレーラーハウスやトラックに金目のものがないか物色するうちに、遠い昔に心を通わせた幼なじみに出会う。

一人暮らしの女性カリンは、不倫相手のクリステンが離婚の約束を果たすのを心待ちにしているが、彼からとんでもない言葉を聞かされ、夢が砕け散る。

老人シモンは、妻と過ごす最後のイヴの準備を黙々と進めている。

イヴだというのに仕事に励む医師クヌートは、急患の連絡で呼び出された場所で、車に乗り込んできた男からナイフを突きつけられる。案内された町外れの小屋には、陣痛が始まった男の妻がいた。コソボから逃れてきたアルバニア人とセルビア人の夫婦は、救急車を呼ぶことを頑なに拒否する。

ベント・ハーメルが紡ぎ出すドラマは、さり気ないように見えて、人生に対する深い洞察があり、独特の味わいがある。

イヴの晩にクヌートが赤ん坊を取り上げるとなれば、誰もがイエスの誕生を連想するはずだが、この映画にはひとひねりがある。東方の三賢者にイエスの誕生を知らせ、ベツレヘムに導いた“ベツレヘムの星”のエピソードが、巧に埋め込まれている。

医師クヌートと妻が暮らす家に飾られたクリツマス・ツリーは、電飾に問題があって、ベツレヘムの星だけが灯らない。クヌートは妻にいわれて、配線をいじり、この星を灯してから出かけるが、家を出た途端にまた光が消えてしまう。

しかし、星のエピソードは、別の登場人物の物語に引き継がれる。上級生ビントゥの家に立ち寄ったトマスは、彼女の天体望遠鏡で星を眺める。やがて、ひときわ明るく光り輝くシリウスに焦点があったとき、トマスは「ベツレヘムの星だ」と囁く。そして同じ頃、クヌートの心には、星に導かれたような変化が起こっている。

さらに、人々が集う教会をめぐるユーモアも印象に残る。不倫相手から唖然とするような言葉を聞かされたカリン、サンタクロースに変装して子供たちにプレゼントを渡したパウルは、それぞれに教会を訪れる。

だが、カリンは教会に入れるが、パウルはどうしてもその扉を開くことができない。これは、ふたりが三角関係に対してとる行動と照らし合わせてみると、意味があるように思えてくる。

しかし、複数の物語が生み出す相乗効果はそれだけではない。この映画は、アルバニア人とセルビア人が対立するコソボから始まる。このプロローグでは、何とかツリーを手に入れようとする少年を、目出し帽の狙撃手がいままさに射殺しようとしている。

そこでノルウェーの田舎町に舞台が変わる。この本編を構成する複数の物語は、初恋から挫折や破局、そして終焉まで人生の様々な局面を描き出している。なかでも重要なのが、死に対する眼差しだろう。複数の物語には、長い眠りにつこうする夢のなかで過去へと帰っていくような死があり、もう一方には、すべてを受け入れ、最期のときまで今という瞬間を慈しむような死がある。

プロローグともつながりを持つエピローグでは、そうした死を経て、人生が見つめなおされ、新たな生命の誕生が祝福されるのだ。

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