『スター・ウォーズ』神話の根底にあるものとは?

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フォースの暗黒面やダース・ベイダーに象徴される悪の位置づけ

神話学者ジョゼフ・キャンベルが世界各地の英雄伝説に共通する基本構造を抽出してみせた『千の顔をもつ英雄』。ジョージ・ルーカスがこのキャンベルの代表作からインスピレーションを得て『スター・ウォーズ』の世界を創造したことはよく知られている。また、デール・ポロックのルーカス伝『スカイウォーキング』によれば、カルロス・カスタネダの『未知の次元』も大きな影響を及ぼしているという。

『スター・ウォーズ』シリーズとキャンベルやカスタネダの著書には深い結びつきがあるが、それらを照合してもルーカスの世界が見えてくるわけではない。『スター・ウォーズ』という神話の特徴は、イニシエーションやシャーマニズムよりも、フォースの暗黒面やダース・ベイダーに象徴される悪の位置づけにある。


哲学者のマーク・ローランズはSF映画を題材にした『哲学の冒険』の第8章で『スター・ウォーズ』を取り上げ、このシリーズにおける悪の本質に迫っている。

キリスト教会の公式教義やプラトンの哲学では、悪はそれ自体として実在するものではなく、単なる善の不在とみなされる。だが、『スター・ウォーズ』の悪は違う。マニ教的な世界観を基盤としているかのように、善と悪それぞれに実在的で独立した原理がある。フォースの暗黒面は確かに存在し、ダース・ベイダーが最も実在的な登場人物になっている。

こうしたルーカスのこだわりはどこからきているのか。おそらく『地獄の黙示録』という企画と無関係ではないだろう。

彼は『スター・ウォーズ』に着手する前に、コンラッドの『闇の奥』をベースにした『地獄の黙示録』の企画をジョン・ミリアスとともに進め、自ら監督するつもりでいた。実際に監督したのは結局コッポラだったが、この題材やテーマは『スター・ウォーズ』に引き継がれているように思える。

ルーカスはカンボジアの闇の奥に潜むカーツ大佐という存在を通して、単純に割り切ることができない善と悪や光と闇の関係を掘り下げ、アナキン・スカイウォーカー→ダース・ベイダーの物語へと発展させたのではないか。

アナキンはジェダイの騎士から「フォースにバランスをもたらす者」、あるいは「選ばれし者」とみなされる。それはフォースの暗黒面が不可分であり、必要なものであることを示唆している。

ローランズは前掲書でニーチェを引用し、暗黒面を障害ではなく偉大さに至る原動力と位置づけている。キリスト教は暗黒面を否定し、抑圧を生む。だが暗黒面に飲まれてしまえば、偉大さには至れない。

これに対してニーチェは、強い衝動や欲求を自分の意志によってまったく違うものに変える能力が、道を切り拓くと考える。ルーカスが考える英雄=「選ばれし者」とは、原始的な衝動や欲求を否定も肯定もせず、昇華させる力を備えた者と解釈することもできるだろう。

《参照文献》
●『千の顔をもつ英雄』ジョゼフ・キャンベル 平田武靖/浅輪幸夫 監訳(人文書院)
●『スカイウォーキング[完全版]―ジョージ・ルーカス伝』デール・ポロック 高貴準三 監訳(ソニーマガジンズ)
●『闇の奥』コンラッド 中野好夫訳(岩波書店)
●『哲学の冒険 「マトリックス」でデカルトが解る』マーク・ローランズ 石塚あおい訳(集英社インターナショナル)

(初出:「BRUTUS」2011年10月15日号)

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