セミフ・カプランオール 『卵』 『ミルク』 『蜂蜜』 (ユスフ3部作)レビュー



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Review

発作、夢、死、動物――見えない世界への扉が開かれる

トルコ映画界を代表するセミフ・カプランオール監督の“ユスフ三部作”は、ユスフという人物の人生や世界を題材にしているが、その構成が少し変わっている。彼の成長過程を追うのではなく、壮年期から青年期、幼少期へと遡っていくのだ。但し、厳密には過去へと遡るわけではない。三作品はいずれも現代のトルコを背景にしているからだ。

第一部の『卵』では、イスタンブールに暮らす詩人ユスフのもとに母親の訃報が届き、遠ざかっていた故郷に戻った彼のなかに失われた記憶が甦ってくる。


第二部の『ミルク』では、母親と暮らし、詩作に熱中する青年ユスフが、母親と町の駅長との親密な関係に気づき、不安にとらわれていく。

完結編の『蜂蜜』では、山深い土地で養蜂家の父親と特別な関係を築いていた6歳のユスフが、喪失と向き合うことを余儀なくされる。

この三部作には、癲癇の発作、奇妙な夢、動物や自然といった共通する要素が盛り込まれ、それぞれに見えない世界への扉が開かれていく。

詩人というよりも古書店主の座に安住している『卵』のユスフは、故郷で発作を起こし、かつて書いた詩の世界に通じる奇妙な夢にとらわれ、闇が支配する自然のなかに放り出されることによって、詩人の感性を取り戻していくように見える。

詩作に励む『ミルク』のユスフは、母親の行動に翻弄されるうちに現実とも夢ともつかない空間に引き込まれ、そこで巨大なナマズに出会う。さらにバイクに乗っているときに発作に見舞われる。彼はそんな体験を通して見えない世界を感知し、おそらくは詩人として覚醒していく。

そして、完結編の『蜂蜜』では、ユスフの詩や夢や発作の原点が明らかになる。養蜂家の父親と幼い息子は森で過ごす。この物語で癲癇の発作を起こして倒れるのは父親であり、川の水を汲もうとしたユスフは野生のシカに目を奪われる。ユスフが見る夢の内容は、何かの予兆であったためか、親子だけの秘密にされる。

ユスフは学校でイソップ物語を朗読しているときに突然、吃音になるが、そのことと父親との絆は無関係ではない。彼は父親を通してイソップの動物寓話とは次元の違う世界に踏み出している。そこには生と死や夢と現実、人間と動物の境界はない。少年はそんな世界を表現するためにやがて詩人になるのだろう。

(初出:「CDジャーナル」2011年6月号)

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