パオ・チョニン・ドルジ監督 『ブータン 山の教室』 レビュー

Review

光を感じるために、影を知る。

パオ・チョニン・ドルジ監督のデビュー作『ブータン 山の教室』の主人公ウゲンは、“Gross National Happiness BHUTAN(国民総幸福 ブータン)”とプリントされたTシャツを着ている。ドラマの終盤では、ルナナ村の村長が、「この国は世界で一番幸せな国と言われているそうです。それなのに、先生のように国の未来を担う人が幸せを求めて外国に行くんですね」と語る。

そこから本作の大まかなテーマが見えてくる。経済的な豊かさだけでなく、精神的な豊かさも考慮したGNHを目標に掲げるブータンは、実際には伝統文化と急速に押し寄せる近代化・都市化の波にどう折り合いをつけていくのかという難題に直面している。

では、ドルジ監督はそんなブータンでどんな立ち位置をとり、なぜ舞台にルナナ村を選び、どんな意図でウゲンというキャラクターを作ったのか。ドルジは写真家であり、アジアを中心に各地を旅する放浪者であり、旅で見出した物語を伝える語り部でもある。そんな彼の豊かな体験や世界観は、とてもシンプルに見える本作の物語にも様々なかたちで反映されている。

続きを読む

『先祖になる』 レビュー ツイート・いいね・シェア 御礼!



トピックス

笑顔がなんとも素敵なこの老人からいま私たちが学べることは決して少なくない

池谷薫監督の新作『先祖になる』は、筆者の心の深いところに響く作品でした。それだけにいろいろ感じるものがあり、ブログにアップしたレビューは長めのテキストになりました。ネットではやはり長文のテキストは敬遠されがちなので、正直、それほど多くの人の目にとまるとは思っていませんでした。

ところが、ベニチガヤさんのような常連さんだけではなく、はじめて来られたと思われる方々が、ときに本文の引用なども交えていろいろツイートしてくださり、PVがどんどん上昇し、びっくりしました。

その後、『先祖になる』公式サイトのfacebookに連動した最新情報でも取り上げていただき、嬉しかったのですが、同時に少々不安にもなりました。冒頭に書いたように、とにかく長文のレビューですから、このレビュー情報だけが浮いてしまうのではと思ったのですが、まさかいいねが3ケタに迫り、コメントまでいただき、またも面食らいました。

続きを読む

池谷薫 『先祖になる』 レビュー



Review

震災が基層文化を隆起させ、日本固有の信仰を炙り出す

『蟻の兵隊』の池谷薫監督の新作『先祖になる』は、東日本大震災の被災地・岩手県陸前高田市で農林業を営む77歳の佐藤直志に迫ったドキュメンタリーだ。震災のひと月後に陸前高田を訪れ、この老人に出会った池谷監督とクルーは、1年6ヵ月かけて彼を追い、その生き様を浮き彫りにしている。

佐藤直志の家は大津波で壊され、消防団員だった彼の長男は波にのまれて亡くなった。しかし老人は挫けない。仮設住宅に移ることを拒み、壊れた家を離れようとはしない。きこりでもある彼は、元の場所に家を建て直す決断をくだす。材木を確保するために、津波で枯れた杉をチェーンソーで伐り倒し、病魔とも闘いながら夢に向かって突き進んでいく。

これはドキュメンタリーそのものの醍醐味というべきかもしれないが、池谷監督の作品では導入部から結末に至るまでに、テーマや開ける世界が大きく変わっている。

文革を題材にした『延安の娘』では、最初は父親を探す娘が主人公に見えるが、次第にかつての下放青年に広がる波紋が深い意味を持つようになる。孤軍奮闘する元残留兵・奥村和一に迫った『蟻の兵隊』では、最初は残留問題が主題に見えるが、やがて私たちは、奥村が別の顔を露にし、変貌を遂げていくのを目の当たりにする。

新作『先祖になる』にも同じことがいえる。最初は佐藤直志を通して震災を描き出す作品のように見える。しかし老人の生き様からは次第に異なるテーマが浮かび上がってくる。

続きを読む

ダニエル・ネットハイム 『ハンター』 レビュー

Review

広大な自然の中で
真のハンターとなった男の物語

ダニエル・ネットハイム監督の『ハンター』の主人公マーティン・デイビッドは、レッドリーフ社から請け負った仕事を遂行するためにタスマニア島を訪れる。単独行動を好む彼は、奥地へと分け入り、黙々と作業を進めていく。彼がベースキャンプにしている民家には、母親のルーシーと、サスとバイクという子供たちが暮らしている。奥地とベースキャンプを往復する彼は、この母子と心を通わせていくうちに、自分の仕事に対して疑問を覚えるようになる。

しかし、マーティンを変えていくのは、決して純粋な心や家族の温もりといったものだけではない。この映画でまず注目しなければならないのは、余計な説明を削ぎ落とした表現だろう。

たとえば、マーティンという主人公は何者なのか。これまでどんな人生を歩んできたのか。どんな仕事をこなしてきたのか。なぜ人と関わることを避けようとするのか。あるいは、なぜバイク少年は言葉をまったく発しないのか。喋れないのか、喋らないのか。父親のジャラが行方不明になってからそういう状態になったのか、それとも以前からそうだったのか。この映画はそれをあえて説明せず、私たちの想像に委ねようとする。

続きを読む

『きっと ここが帰る場所』 『ブラック・ブレッド』 『星の旅人たち』 試写

試写室日記

本日は試写を3本。

『きっと ここが帰る場所』 パオロ・ソレンティーノ

注目のイタリア人監督パオロ・ソレンティーノ(『愛の果てへの旅』『イル・ディーヴォ』)がショーン・ペンと組んで作り上げた新作。隠遁生活を送りながらもゴスメイクを欠かさないかつてのロックスター、シャイアン(ショーン・ペン)が、父親の死をきっかけにナチスの戦犯を追いかけるというようなストーリーを書いても、なんのことだかわからないだろうし、この映画の独特の世界は伝わらないだろう。

非常にユニークな感性と緻密な計算によって構築された世界は、どのようなところに反応するかによって印象も変わってくるはずだ。筆者はハル・ハートリーとかウェス・アンダーソンをちょっと連想したりしたが、それよりもここでは音楽のことに触れておきたい。

といっても、デイヴィッド・バーンやトーキング・ヘッズの曲<This Must Be the Place>のことではない。確かに、映画のタイトルもそこからとられ、劇中でもバーンがプレイしているのでこの曲はいちばん目立つ。しかし他にも個人的にやたらと印象に残る音楽が使われているのだ。

続きを読む