『キツツキと雨』 『ガザを飛ぶブタ』 『別世界からの民族たち』試写

試写室日記

22日から始まるTIFF(東京国際映画祭)の上映作品を3本。

『キツツキと雨』 沖田修一

『このすばらしきせかい』や『南極料理人』の沖田監督作品。役所広司と小栗旬のやりとりがあまりに可笑しくて、観ているあいだに何度吹き出してしまったことか。引き延ばしたり、スパッと切るドラマの間やタイミングも絶妙で。

『南極料理人』は原作があったので、設定や人物の関係がいくぶん整いすぎているところがあったが、この新作は『このすばらしきせかい』をシュールに発展させた感じ。『このすばらしきせかい』の主人公の若者と叔父さんの関係が、駆け出しの映画監督と木こりの関係に引き継がれている。

沖田ワールドに欠かせない古舘寛治が今回は狂言回しのようなポジションを担い、『このすばらしきせかい』で古舘が占めていたポジションに役所広司が入っているのだが、これがまたはまっている。それにしても映画監督と木こりがこんなふうに結びついてしまうなんて、面白すぎる。

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イエジー・スコリモフスキ 『エッセンシャル・キリング』 レビュー

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故郷喪失者はどこでもない場所で、動物性への帰郷を果たす

17年ぶりに監督した『アンナと過ごした4日間』(08)で見事な復活を遂げたポーランドの鬼才イエジー・スコリモフスキ。待望の新作はアフガニスタンにおける戦闘から始まり、最初は9・11以後のテロとの戦いを描く作品のように見える。

バズーカ砲で米兵を吹き飛ばした主人公は、米軍に拘束されて捕虜になり、拷問を受け、軍用機と護送車で移送される。ところが、深夜の山道で事故が起き、彼だけが逃走する。

この逃亡劇によって映画の世界は大きく変化していく。そんな流れは筆者に、ジム・ジャームッシュの『ダウン・バイ・ロー』を想起させる。この映画の三部構成は実によくできていた。

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『ウィンターズ・ボーン』のすすめ

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ヒルビリーに対する先入観を拭い去り、神話的な世界を切り拓く

ただいま発売中の月刊「宝島」2011年11月号(10月25日発売)の連載コラムで取り上げているのは、新鋭女性監督デブラ・グラニックの長編第2作『ウィンターズ・ボーン』(10月29日公開)だが、この映画にはとにかくはまった。観る前からそういう予感はしていた。単に多くの賞を受賞しているだけではなく、評価のされ方が、筆者の大好きなコートニー・ハントの『フローズン・リバー』とよく似ていたからだ。

『フローズン・リバー』は、サンダンス映画祭でグランプリ受賞し、アカデミー賞で主演女優賞とオリジナル脚本賞にノミネートされた。『ウィンターズ・ボーン』は、サンダンス映画祭でグランプリと脚本賞を受賞し、アカデミー賞で作品賞、主演女優賞、助演男優賞、脚色賞の4部門にノミネートされた。そこで、おそらく骨太な作品で、しかも女性監督と女優の共同作業がしっかりとしたキャラクターを生み出しているのではないかと勝手に想像していたのだが、実際の作品は期待以上だった。

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セミフ・カプランオール 『卵』 『ミルク』 『蜂蜜』 (ユスフ3部作)レビュー



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発作、夢、死、動物――見えない世界への扉が開かれる

トルコ映画界を代表するセミフ・カプランオール監督の“ユスフ三部作”は、ユスフという人物の人生や世界を題材にしているが、その構成が少し変わっている。彼の成長過程を追うのではなく、壮年期から青年期、幼少期へと遡っていくのだ。但し、厳密には過去へと遡るわけではない。三作品はいずれも現代のトルコを背景にしているからだ。

第一部の『卵』では、イスタンブールに暮らす詩人ユスフのもとに母親の訃報が届き、遠ざかっていた故郷に戻った彼のなかに失われた記憶が甦ってくる。

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アピチャッポン・ウィーラセタクン 『ブンミおじさんの森』 レビュー

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私たちはブンミによって現世と他界の境界に導かれる

アピチャッポン・ウィーラセタクン監督の『ブンミおじさんの森』には、常識では計り知れない出来事が起こる。だが、それを単純にファンタジーと表現してしまうと、何か大切なものが抜け落ちてしまうように感じる。

死期を悟ったブンミは、森の奥へと分け入り、洞窟の深い闇のなかで、自分がそこで生まれたことを思い出す。「生きているうちは思い出せなかったが」と語る彼は、すでに死者の側から世界を感知している。私たちはブンミによって現世と他界の境界に導かれている。そこで思い出されるのは「山中他界観」だ。

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