マルガレーテ・フォン・トロッタ 『ハンナ・アーレント』 レビュー

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絶対的無罪と絶対的有罪の鏡を砕くための揺るぎない思考

ニュー・ジャーマン・シネマを牽引してきた女性監督マルガレーテ・フォン・トロッタの『ハンナ・アーレント』では、ユダヤ人哲学者ハンナ・アーレントの生涯のなかで、1961年に行われたナチス戦犯アドルフ・アイヒマンの裁判に前後する4年間のドラマが描き出される。

強制収容所を体験しているアーレントは、自らの意志でアイヒマンの公判を傍聴してレポートを「ニューヨーカー」誌に連載し、その後『イェルサレムのアイヒマン』にまとめた。彼女の目に映ったかつてのナチス親衛隊中佐は、怪物や悪魔ではなく平凡な人間だった。

ちなみに、10数年前に公開されたエイアル・シヴァン監督の『スペシャリスト 自覚なき殺戮者』は、アーレントのこの著書をもとにアイヒマン裁判の膨大な記録映像を編集したドキュメンタリーだった。その作り手たちは、エチオピアの飢饉やルワンダのジェノサイド(「隣人による殺戮の悲劇――94年に起ルワンダで起こった大量虐殺を読み直す」参照)という同時代の現実を踏まえた上でアイヒマンに着目した。

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ミハル・ボガニム 『故郷よ』 レビュー

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チェルノブイリの悲劇――故郷の喪失や記憶をめぐる複雑な感情を独自の視点から掘り下げる

昨年(2012年)公開されたニコラウス・ゲイハルター監督の『プリピャチ』(99)は、「ゾーン」と呼ばれるチェルノブイリ原発の立入制限区域(30キロ圏内)で生きる人々をとらえたドキュメンタリーだった。“プリピャチ”とは、原発の北3キロに位置する町の名前であり、そこを流れる川の名前でもある。

そのプリピャチを主な舞台にした女性監督ミハル・ボガニムの『故郷よ』は、ゾーンで撮影された初めての劇映画だ。物語は事故当時とその10年後という二つの時間で構成されている。

結婚式を挙げた直後に事故が発生し、消防士の夫を喪ったアーニャは、ゾーンのツアーガイドとなって故郷に留まっている。事故後に原発の技師だった父親が失踪し、別の土地で育った若者ヴァレリーは、故郷に戻って父親を探し回る。その父親は、もはや存在しないプリピャチ駅を目指して列車に揺られ、迷子になったかのように終わりのない旅を続けている。

ボガニム監督は当事者への入念なリサーチを行い、事故当時の模様やその後の生活をリアルに再現している。しかし、彼女が関心を持っているのは必ずしも原発の悲劇だけではない。

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今週末公開オススメ映画リスト2013/02/07

週刊オススメ映画リスト

今回は『故郷よ』『ムーンライズ・キングダム』『命をつなぐバイオリン』の3本です。

『故郷よ』 ミハル・ボガニム

チェルノブイリ原発の立入制限区域(30キロ圏内)で劇映画を撮るというのは、許可を得るのにも煩雑な手続きが必要になるでしょうし、キャストもそれなりの覚悟が必要になると思います。

ミハル・ボガニム監督は、ヒロインにオリガ・キュリレンコを起用したことについて、プレスのインタビューで以下のように語っています。

オリガ・キュリレンコはウクライナ人です。彼女は子供の時に起きた事故のことをとてもよく覚えていました。彼女はまさにアーニャ自身でした。「アーニャは私です」と彼女は言ってくれましたが、始まるまで私はほんの少しそのことを疑っていました。というのは、彼女は美しすぎるからです。それで、私は彼女を起用するより無名の誰かを準備した方がいいと考えオーディションをしましたが、参加してくれたオルガの演技が印象に残りました。その印象をもとに彼女とアーニャを作っていきました

そのキュリレンコは、テレンス・マリック監督の新作『To the Wonder』(12)にも出演していますね。

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『アジア映画の森――新世紀の映画地図』に寄稿しています

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進化しつづけるアジア映画を網羅した決定版ガイドブック登場!

東は韓国から西はトルコまで、アートからエンターテインメントまで、アジア映画を国別の概論、作家論、コラムなどで網羅したガイドブック『アジア映画の森』が出ました(2012年5月31日発売)。

表紙は、アピチャッポン・ウィーラセタクン監督の『ブンミおじさんの森』。いいですねー(筆者が劇場用パンフレットに書いた『ブンミおじさんの森』レビューもぜひお読みください)。

執筆者は以下の方々です。麻田豊/アン・ニ/石坂健治/市山尚三/稲見公仁子/井上徹/宇田川幸洋/浦川留/大場正明/岡本敦史/金子遊/金原由佳/葛生賢/斉藤綾子/佐野亨/白田麻子/杉原賢彦/鈴木並木/諏訪敦彦/夏目深雪/野崎歓/野中恵子/萩野亮/梁木靖弘/クリス・フジワラ/古内一絵/古川徹/松岡環/松下由美/門間貴志/四方田犬彦(敬称略)。

『アジア映画の森――新世紀の映画地図』(作品社、368ページ)

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シルヴァン・エスティバル監督+女優ミリアム・テカイア・インタビュー

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マージナルな立場にこだわり、他者を理解し、受け入れる

『ガザを飛ぶブタ』監督と主演女優に取材でお伝えしたインタビューの記事がTIFFのサイトにアップされました。エスティバルは、フランスの通信社AFPのフォトディレクターとしてラテンアメリカを担当。ジャーナリスト、カメラマン、作家であり、砂漠についての書籍や、小説、テオドール・モノの伝記なども出版している。ミリアム・テカイアはチュニジア出身で、台湾映画にも出演しているとのこと。彼女の幸せオーラ、写真からでも伝わるのでは。

インタビューは↓こちらからどうぞ。
【公式インタビュー】コンペティション『ガザを飛ぶブタ』