ワン・ビン 『無言歌』 レビュー



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Review

過去を振り返る視点を排除し死者たちの声なき声を拾い上げる

世界の注目を集める中国の鬼才ワン・ビン監督の日本初公開作品『無言歌』は、ドキュメンタリーで才能を開花させた彼にとって初の劇映画となる。その題材は、文革の嵐が吹き荒れる前に起きた「反右派闘争」の悲劇だ。

毛沢東は56年に党批判を歓迎する運動を推進した後、57年に方針を転換し、苛烈な粛清を開始した。そして、党批判や家族の出自によって「右派」とされた者たちは、辺境での過酷な労働、そして激烈な飢餓との闘いを強いられることになった。

この悲劇には、現代中国の政治体制の原点を見ることができるが、ワン監督のアプローチはそんなことを考える余裕を与えない。


この映画には、不毛の大地に掘られた穴倉で生活する人々の苦闘が生々しく描き出される。それは言語に絶する凄惨な光景、思わず目を背けたくなるような光景でありながら、気づいてみれば私たちはその世界に深く引き込まれている。

注目しなければならないのは、ワン監督の真実へのこだわりだろう。彼は、映画の原作である事実に基づく小説を脚色するだけではなく、三年を費やして中国じゅうを旅し、百人以上の生存者を探し出して話を聞いた。

なぜ彼はそこまでリサーチに時間と労力を費やしたのか。プレスに収められた以下のような発言が、その理由を示唆しているように思える。

また、父親が収容所で亡くなったという「右派」の息子で、父が彼にあてた手紙をすべて保管していた人にも会いました。彼は、彼の父親が死の直前に書いた最後の手紙を見せてくれました。その手紙を読んでいる時、私はどのように映画を作るべきかを理解しました。その手紙で驚かされたのは、50年も前に書かれたにも関わらず、それはまるで今日書かれたかのようで、少しも古いところがなく、日々の出来事を綴っていました。それこそが、私がこの映画で描かなければならないことでした

この映画のアプローチは、以下のようにまとめることができる。生存者やその家族の記録や記憶の集積から真実を抽出し、現在から体験を振り返る視点を徹底的に排除し、過去の悲劇をいまここで起こっていることとして表現する。過酷な自然が異様に美しく見えるのは、その先の時間や解釈が払拭され、透明な眼差しを獲得しているからだろう。

ワン監督は、真実に潜む死者たちの声なき声を拾い上げ、権力によって作られる歴史に揺さぶりをかけるように彼らの痛みを映像に刻み込む。これは劇映画ではあるが、その本質は紛れもなくドキュメンタリーといえる。

※ゴビ砂漠に収容所のセットを作り、中国政府の許可を得ることなく撮影されたこの『無言歌』は、現在も中国本土での上映を禁じられているという。

(初出:月刊「宝島」2012年1月号、若干の加筆)