ダニエル・ネットハイム 『ハンター』 レビュー

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広大な自然の中で
真のハンターとなった男の物語

ダニエル・ネットハイム監督の『ハンター』の主人公マーティン・デイビッドは、レッドリーフ社から請け負った仕事を遂行するためにタスマニア島を訪れる。単独行動を好む彼は、奥地へと分け入り、黙々と作業を進めていく。彼がベースキャンプにしている民家には、母親のルーシーと、サスとバイクという子供たちが暮らしている。奥地とベースキャンプを往復する彼は、この母子と心を通わせていくうちに、自分の仕事に対して疑問を覚えるようになる。

しかし、マーティンを変えていくのは、決して純粋な心や家族の温もりといったものだけではない。この映画でまず注目しなければならないのは、余計な説明を削ぎ落とした表現だろう。

たとえば、マーティンという主人公は何者なのか。これまでどんな人生を歩んできたのか。どんな仕事をこなしてきたのか。なぜ人と関わることを避けようとするのか。あるいは、なぜバイク少年は言葉をまったく発しないのか。喋れないのか、喋らないのか。父親のジャラが行方不明になってからそういう状態になったのか、それとも以前からそうだったのか。この映画はそれをあえて説明せず、私たちの想像に委ねようとする。

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『ハンター』 映画.com レビュー&劇場用パンフレット

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ウィレム・デフォー主演のオーストラリア映画、2月4日公開!

ダニエル・ネットハイム監督の『ハンター』はあなどれない。最近はなんでも説明してしまうテレビドラマのような作品が少なくないが、この映画はそういう要素をいさぎよく削ぎ落としていく。さらに、モノローグやフラッシュバックを使いたくなるようなところでもまったくそれをやらない。徹底していて気持ちがいい。

だからこちらが想像力を働かせる余地がたっぷり残されている。最後のタスマニアタイガーや自然、あるいは死者と主人公の関係を描くこの映画には、そういう言葉や説明に頼らない表現がふさわしい。

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『ハンター』試写

試写室日記

本日は試写を1本。

『ハンター』 ダニエル・ネットハイム

ウィレム・デフォー主演のオーストラリア映画。タスマニアの大自然のなかで、絶滅したとされるタスマニアタイガーを探し求めるハンターをめぐる人間ドラマ。コーマック・マッカーシーショーン・ペンが掘り下げようとするような「狩猟」に強い関心を持つ筆者には、そそられる物語であり世界だった。

このドラマでは、森林伐採を生業とする労働者とエコロジストが対立しているが、ハンターはどちらにも属さない微妙な立場にある。しかも、彼はとあるバイオ・テクノロジー企業に雇われている。つまり、様々な力がせめぎ合う状況のなかで、彼はハンターとしての生き方や自然との関係性を問い直さざるをえなくなる。

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ラース・フォン・トリアー 『アンチクライスト』 レビュー

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人はいかにして歴史の外部へと踏み出し、動物性への帰郷を果たすのか

ラース・フォン・トリアーの問題作『アンチクライスト』は、ある家族の悲劇から始まる。夫婦が愛し合っている最中に、幼い息子がベビーベッドを抜け出し、開いた窓から転落してしまう。

息子を亡くした妻は精神を病んでいく。セラピストの夫は自ら妻の治療に乗り出し、夫婦が「エデン」と呼ぶ森の山小屋が彼女の恐怖の源になっていると推測する。夫婦はその山小屋で治療を進めるが、事態はさらに悪化し、修羅場と化していく。

その山小屋には何があるのか。妻は1年前の夏にそこにこもって論文を書いていた。夫は山小屋の屋根裏部屋で、過去のジェノサイド(虐殺)や魔女狩りに関する資料や記録を発見する。彼女はそんな歴史に深く囚われ、夫に対する殺意すら抱くようになる。

一方で、夫の前には何かの予兆であるかのように動物が現れる。小屋に向かう途中では、出産途中の鹿に遭遇する。山小屋の周辺の薮に潜んでいた狐は彼に「カオスが支配する」と囁く。殺意を露にした妻に追われ、穴に逃げ込んだ夫は、そこで生き埋めにされた鴉を見出す。

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『アンチクライスト』『トスカーナの贋作』試写

試写室日記

試写を2本観た。

『アンチクライスト』 ラース・フォン・トリアー

試写室で河原晶子さんにお会いする。河原さんは2度目だそうだ。

すごい映画だった。「死」→「喪」→「森」→「動物と人間」→「pain」→「nature」→「genocide」と、筆者が強い関心を持っている要素が、すさまじい映像の力で次々と押し寄せてきて、心の準備もできないままに心拍数が上がり、最後は異様な興奮状態に陥っていた。こういう体験ができる映画はめったにない。本当に病んでないとこういう映画は撮れないだろう。

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