リョン・ロクマン&サニー・ルク 『コールド・ウォー 香港警察 二つの正義』 レビュー

Review

香港の過去・現在・未来を視野に入れ、法の意味と価値を浮き彫りにする力作

リョン・ロクマンとサニー・ルクの監督デビュー作となる『コールド・ウォー 香港警察 二つの正義』は、その物語に深いテーマが埋め込まれ、実に見応えがある。香港電影金像奨で、最優秀作品賞、監督賞など過去最多となる主要9部門を受賞したのも頷ける。この映画では、香港警察の機構や内部事情がリアルに描き出されるが、ふたりの監督が関心を持っているのは必ずしも警察の世界ではない。

ある晩、香港最大の繁華街モンコックで爆破事件が起こり、その直後にパトロール中の5人の警官が何者かに車両ごと拉致される。それは警察のトップが何らかの判断を下すべき事態だが、長官は海外に出張している。そこで、次期長官候補であるふたりの副長官が、対応をめぐって対立を深めていく。

長官に代わって指揮を執るのは、「行動班」を率いるリーだ。5人の警官のなかに息子が含まれていることを知った彼は、非常事態を宣言し、組織を総動員した人質救出作戦「コールド・ウォー」を遂行する。だが、「管理班」を率いるラウは、公私混同ともとれるリーの対応に疑問を抱き、指揮権をめぐる対立が生まれる。


やがて犯人から身代金が提示され、ラウ自身が取引現場に向かうが、そこには罠が仕掛けられ、警察内部に疑惑が広がっていく。と同時に、ある密告を受けた汚職捜査機関「廉政公署」が介入し、リーとラウにも容疑がかけられる。

脚本も共同で手がけたふたりの監督は、アメリカ大統領選からこの作品のアイデアを思いついたという。プレスにはサニー・ルクの以下のようなコメントがある。

この企画で、最初から決して譲れなかったポイントが、物語においての信憑性の部分でした。私たちは大統領選挙戦で起きた興味深い現象を、香港に自然に置き換えたかったのです。その後に行なった警官への徹底的なリサーチは、本作の世界観に信憑性を与え、ストーリーをよりリアルに感じさせるポイントになったと思います

ふたりの監督が、アメリカ大統領選から香港警察内部の対立に取り込んだものの本質は「法」だといえる。このドラマでは、法が様々なかたちで強調されている。なかでも最も印象に残るのは、リーからラウへと指揮権が移行する過程だ。

管理職の同意を得ずに非常事態を宣言したリーに対して、ラウは非常事態法で対抗しようとする。リーを解任するためには、管理職の5票が必要になる。そこでラウは、リーの派閥に属する警視正アルバートを説得しようとする。

そのときラウはアルバートについて、半年後には法学博士の学位をとることになっていて、誰よりも法の精神を理解していると自分の腹心に説明する。そして、説得に応じてラウの前に現れたアルバートも、法を尊重しただけで、ボスを陥れたらただじゃすまさないと釘をさす。

リーと広報課主任フェリックスのやりとりにも同様のことがいえる。リーは作戦途中での非常事態は公表を控えるように命じるが、彼女はリーにそれを指示する権限はなく、情報と安全は別問題であり、過去の方針を無視して権力を振りかざすのは独裁だと抵抗する。

さらに映画の後半では、汚職捜査機関「廉政公署」が介入してくるが、これも肉を切らせて骨を断つような巧妙な戦略であって、法という基盤を信頼しているからこそ可能になる荒療治といえる。そしてその結果、法を踏みにじろうとしていた悪が暴きだされることになる。

ふたりの監督がここまで法にこだわり、その意味や価値を掘り下げようとするのは、香港返還以後の一国二制度が揺らぎつつあるからだろう。この映画は、警察を舞台にしたサスペンス・アクションと見せつつ、香港の秩序や自由がなにによって、どのように守られていくべきなのかを巧みに描き出している。