『ペーパーボーイ 真夏の引力』 『熱波』 試写
本日は試写を2本。
『ペーパーボーイ 真夏の引力』 リー・ダニエルズ
『プレシャス』で注目を集めたリー・ダニエルズ監督の新作は、ピート・デクスターのベストセラー小説の映画化。まだ人種差別が色濃く残る60年代末の南部フロリダを舞台にした異色のノワールだ。
もちろんミステリーとしての謎解きもあるし、暴力やセックスの描写は強烈な印象を残すが、必ずしもそれらが見所というわけではない。
前作の原作であるサファイアの『プレシャス』(最初は『プッシュ』だったが、いまは映画にあわせたタイトルに変更されている)の場合もそうだが、ダニエルズ監督は自分の世界を表現するのにふさわしい題材を選び出していると思う。
彼が、ゲイであることをカムアウトしていて、子供の頃にインナーシティの低所得者向け公営住宅の黒人家庭でどんな体験をしたかについては、「レーガン時代、黒人/女性/同性愛者であることの痛みと覚醒――サファイアの『プッシュ』とリー・ダニエルズ監督の『プレシャス』をめぐって」のなかで触れた。
だからダニエルズ監督は、黒人という立場だけでは見えないものを描き出すことができる。
『プレシャス』の背景となる80年代は、レーガン政権の保守化に対して、スパイク・リーやルイス・ファラカンなどを中心に黒人の発言や動きが注目を集めたが、その黒人というのは主に男性だった。そのことを踏まえ、ダニエルズは黒人の少女にスポットをあて、同性愛者にも結びつけてみせた。
『ペーパーボーイ』は導入部がなかなか巧みだ。黒人のメイドへのインタビューでドキュメンタリー風に始まり、人種差別主義者の保安官がめった刺しにされて殺された事件の真相をめぐってドラマが展開していく。
この導入部では、黒人と白人をめぐる明白な図式があるかのように見えるが、それに続くドラマのなかでダニエルズは、その図式を次々と鮮やかに覆していく。そのなかには、自分のセクシャリティを秘密にしている人物もいる。
ついでにアメリカでこの夏に公開予定のダニエルズ監督の最新作『The Butler』も紹介しておこう。
8人の大統領に仕えたホワイトハウスの執事長の実話に基づく作品。アイゼンハワーをロビン・ウィリアムズ、ジョンソンをリーヴ・シュレイバー、ニクソンをジョン・キューザック、レーガンをアラン・リックマンが演じているようだ。前2作とはちょっと違ったアプローチを見せてくれそうな気がする。
『熱波』 ミゲル・ゴメス
ポルトガルの俊英ミゲル・ゴメス監督の最新作。原色が際立つ『ペーパーボーイ』のスコープサイズの映像を観たあとに、モノクロ、スタンダードで、しかも二部構成の後半はサイレントの技法を取り入れているとなれば、さすがに印象が弱くなってしまうのではないかと最初は心配になった。
ところがこの映画、すごい力を持っていて、完全に魅了されてしまった。『ペーパーボーイ』のように、観た瞬間にガツンとくるわけではないが、見終わったあとでその独特の空気がじわじわ染みてきて、また観たくてたまらなくなる。
どうしてそういう空気が生み出されるのか。人が生きている世界が、伝承や記憶、日常的な嘘まで含めてどのように構築されているのかということに対するゴメス監督の鋭い洞察やポストコロニアルともいうべきアプローチ、サイレントの効果を最大限に引き出す恐ろしく緻密な構成など、いろいろあげられるのだが、強いて凝縮すれば、失われてしまったものの痕跡を表現する抜群のセンスといえる。これは簡単ではない。