マイケル・ウィンターボトム 『トリシュナ』 上映

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ナラティブな要素を削ぎ落とし、状況を浮き彫りにする

東京国際映画祭のコンペ作品の1本、マイケル・ウィンターボトム監督の『トリシュナ』を会場で観た。原作はトマス・ハーディの『テス』。ウィンターボトムにとってハーディの小説の映画化は、『日陰のふたり』、『めぐり逢う大地』につづいて3度目ということになる。但し、最初からハーディの小説の映画化を目指していた作品ばかりではない。

『めぐり逢う大地』の場合は、アメリカになる前のアメリカを題材にした作品の構想を練っているうちに、それがハーディの世界に重なり、映画化ということになった(マイケル・ウィンターボトム・インタビュー参照)。この新作も、舞台を現代のインドに移しての映画化なので、その可能性もある。


舞台以外にも原作に変更を加えているところがある。原作には、ヒロイン、テスの弱みにつけ込んで彼女を自分のものにするアレックと、彼女を愛しながらその過去を受け入れられないクレアという二人の男が登場する。ロマン・ポランスキーの『テス』にも、その図式は引き継がれている。

しかし、『トリシュナ』では、このアレックとクレアが、イギリス人ビジネスマンのジェイというひとりの人物にまとめられている。ヒロイン、トリシュナとジェイの男女の物語になっている。

以前ブログに書いたように、これの前に公開された『キラー・インサイド・ミー』には全然よさを感じなかった(ジム・トンプスンの原作のダイジェストみたいな映画になっていた)が、『トリシュナ』にはウィンターボトムらしさがよく出ている。

普通に考えれば、原作のアレックとクレアの存在は生かしたくなるところだが、主人公を男女二人に絞り、ナラティブな要素、ストーリーで語る部分を削ぎ落とし、生身の身体と状況を浮き彫りにしていく。その状況には、原作にはないサブテーマが埋め込まれているように感じるが、それを端的に表現するような言葉がすぐに思い浮かんでこないので、いずれ詳しく。

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