フレデリック・フォンテーヌ 『タンゴ・リブレ 君を想う』 レビュー

Review

タイムレスな空間で繰り広げられる大人のおとぎ話

『ポルノフラフィックな関係』で知られるフレデリック・フォンテーヌ監督の新作の主人公は、刑務所の看守として働く孤独な男J.C.だ。彼の生活は単調きわまりないが、週に一度通うタンゴ教室ではいくらかリズムが変わる。

ある日、そのタンゴ教室に30代の女性アリスがやってきて一緒にタンゴを踊ることになる。彼女は15歳の息子がいる母親だったが、J.C.はその色香に心を動かされる。翌日、彼は刑務所の面会室でアリスの姿を目にする。彼女の面会相手はふたり。ひとりは夫で、もうひとりは愛人で、彼らは事件の共犯者だった。

この映画では、J.C.、アリス、夫、愛人の運命が、タンゴを絡めたドラマを通して変わっていく。『ポルノフラフィックな関係』のときもそうだったが、男と女の距離の変化や心の揺れを巧みにとらえてみせるフォンテーヌ監督の手腕が光る。


しかし、映画を観ながら筆者の頭に最初に思い浮かんだのは、アキ・カウリスマキの世界だった。ちなみに、あとでこの作品について語るフォンテーヌ監督のインタビュー映像をチェックしたら、彼は何度かカウリスマキの名前を挙げていた。ただし、フランス語なので、彼がどのようにカウリスマキを意識していたのかはわからない。

筆者がまず注目したいのは、J.C.のキャラクターだ。孤独というのも、もちろんカウリスマキ的ではあるが、それだけではない。話は少しそれるが、アリスの夫は、妻からタンゴ教室やJ.C.のことを聞いて、刑務所のなかでタンゴを習いだす。そして次にアリスが面会に来たときに、その場で妻と踊ろうとする。

もちろん面会室ではそんなことは許されない。だから同僚の看守がJ.C.にふたりを止めるように指示するが、彼は右往左往するばかりでなにもできない。つまり、異なるふたつの立場の間で器用に立ち回ることができずに、真ん中に立ち尽くしてしまう。そういうキャラクターや図式にカウリスマキを垣間見る思いがするのだが、実はこの図式はしっかりとラストの伏線になっている。

それから、孤独な金魚の存在も見逃せない。J.C.は長い間、一匹の金魚と暮らし、その金魚を生き長らえさせる秘訣を心得ているかのように振る舞う。やがてその金魚は、刑務所のなかのアリスの愛人に重なっていく。夫と違い愛人の方はタンゴに魅了されることもなく、隔離された世界で生きる時間の重みに押し潰されようとしている。だから、金魚の運命もまたJ.C.を変える一要素となる。

そしてもうひとつ注目すべきなのが、空間の造形だ。カウリスマキは筆者がインタビューしたときに、こんなことを語っていた。「時代についてはいつもタイムレスな設定をしようという気持ちがあります。たとえば普通は、70年代と50年代の家具を組み合わせるようなことはしないと思いますが、わたしは同じ画面のなかにいつも異なる時代を混在させています

カウリスマキとはアプローチは違うが、この映画でも、タイムレスな空間というべきものが切り拓かれている。J.C.が金魚と暮らす部屋から時代を読み取ることはできないだろう。主な舞台となる刑務所も、外部から隔てられ、時代を示す記号に乏しい世界といえる。

この映画では、時代や場所などの背景が巧みにぼかされ、その世界は現実のドラマとは一線を画す大人のおとぎ話になっていく。だから普通ならやり過ぎと思われかねないラストにも痛快さを感じるのだ。

《関連リンク》
アキ・カウリスマキ・インタビュー 『白い花びら』