ドゥニ・ヴィルヌーヴ 『灼熱の魂』 レビュー



Review

物語の力――
偶然と必然の鮮やかな反転

カナダ・ケベック州出身の異才ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の作品が日本で公開されるのは、『灼熱の魂』が二本目になる。最初に公開されたのは『渦』(00)という作品だった。その『渦』のヒロインであるビビアンは、大女優の娘で、25歳にしてブティックのチェーンを経営し、マスコミの注目を集めている。

彼女の人生は傍目には順風満帆に見えるが、実際には経営に行き詰っているうえに、中絶手術を受けたばかりで精神的に不安定になっている。そんな彼女は、深夜に帰宅する途中で轢き逃げをしてしまい、被害者が死亡したことを知って、罪悪感に苛まれる。

この映画では、場所も時代も定かではない空間のなかで、いままさに切れ味鋭い刃物で命を奪われようとしている醜い魚が、このヒロインの物語の語り部となる。ヒロインの世界には、水や死のイメージがちりばめられ、独特の空気を醸し出していく。

しかし、それ以上に印象に残るのが、「偶然」と「必然」の関係だ。苦悩するヒロインは自分の運命を偶然に委ねようとする。人気のない地下鉄のホームで、たまたま隣に座った男に誰も知らない真実を告白し、自首するかどうかを決めようとする。車ごと貯水池に飛び込み、自らの生死を水に委ねようとする。

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『ミッドナイト・イン・パリ』 『ジョイフル♪ノイズ』 試写

試写室日記

本日は試写を2本。

『ミッドナイト・イン・パリ』 ウディ・アレン

アカデミー賞とゴールデン・グローブ賞で脚本賞を受賞したアレンの新作。21世紀のアレンは定まった枠組みのなかで映画を作って、もはや逸脱することはないのかと思っていたが、そんなことはなかった。

プレスでは“タイムスリップ”という表現が使われているが、主人公が迷い込む世界が、本当の1920年代とは限らない。深夜0時を回った瞬間から始まる夢、あるいは妄想のようにも見え、曖昧にされているところがいかにもアレンらしい。

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キラン・アルワリアと『灼熱の魂』とカナダの多文化主義をめぐって

トピックス

「るつぼ」とは違う「モザイク」が生み出す文化と相対主義のはざまで

カナダは世界に先駆けて国の政策として多文化主義を導入した。その政策には二本の柱があった。一本は、ケベック州と残りのカナダがひとつの国家としてどのように存在すべきなのかという課題に答えるものだ。カナダの多文化主義の功罪をテーマにしたレジナルド・W・ビビーの『モザイクの狂気』では、以下のように記されている。

同委員会の勧告に基づいて、公式の政策声明が出された。カナダには二つの建国民族――フランス人とイギリス人――がいると宣言された。これ以後、カナダは二つの公用語――フランス語と英語――を持つことになる。カナダ人は一生いずれの言語で暮らしてもよい。一九六九年、この考えは確固不動のものになった。公用語制定法の通過に伴い、異集団間を支える主要な二つの礎石の一つ――二言語併用主義――が据えられた

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『別離』 試写



試写室日記

本日は試写を1本。

『別離』 アスガー・ファルハディ

世界的な注目を集めるイラン映画の異才ファルハディの新作。試写がはじまったらすぐに観にいきたいと思っていたが、なかなかタイミングがあわず、ちょっと遅くなってしまった。すでに世界各国で60冠を超える映画賞に輝いているということだが、それも当然だろう。

ファルハディの前作『彼女が消えた浜辺』(09)は、イランに限らずどこでも成り立つ物語に見えながら、実に巧妙にイランの歴史と現実が掘り下げられていた。筆者は『彼女が消えた浜辺』レビューで、イラン出身の評論家ハミッド・ダバシの著書『イラン、背反する民の歴史』を引用しつつ、この映画の背後にイランの中流と貧困層の非常に複雑な関係が潜んでいることを指摘した。

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『スター・ウォーズ』神話の根底にあるものとは?

トピックス

フォースの暗黒面やダース・ベイダーに象徴される悪の位置づけ

神話学者ジョゼフ・キャンベルが世界各地の英雄伝説に共通する基本構造を抽出してみせた『千の顔をもつ英雄』。ジョージ・ルーカスがこのキャンベルの代表作からインスピレーションを得て『スター・ウォーズ』の世界を創造したことはよく知られている。また、デール・ポロックのルーカス伝『スカイウォーキング』によれば、カルロス・カスタネダの『未知の次元』も大きな影響を及ぼしているという。

『スター・ウォーズ』シリーズとキャンベルやカスタネダの著書には深い結びつきがあるが、それらを照合してもルーカスの世界が見えてくるわけではない。『スター・ウォーズ』という神話の特徴は、イニシエーションやシャーマニズムよりも、フォースの暗黒面やダース・ベイダーに象徴される悪の位置づけにある。

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