東ドイツから気球で逃亡を図った家族の実話を映画化した『バルーン 奇蹟の脱出飛行』の劇場用パンフレットに寄稿しています



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物語の鍵は、親から子への眼差し

東西冷戦時代の旧東ドイツ。1979年に、自家製の熱気球に乗って西ドイツへの逃亡を図ったのは、ごく平凡なふたつの家族で、総勢8名のメンバーの半分は幼児を含む子供だった。

そんな実話を映画化したミヒャエル・ブリー・ヘルビヒ監督の『バルーン 奇蹟の脱出飛行』(18)の劇場用パンフレットに、「物語の鍵は、親から子への眼差し」というタイトルでレビューを書いています。さり気なく伏線をちりばめ、緻密に構成された本作の導入部は要注目です。サスペンスやアクションだけでなく、前後の繋がりなどから主人公たちの複雑な心の動きを想像させるヘルビヒ監督の巧みな演出が光ります。

2020年7月10日(金)TOHOシネマズ シャンテ他、全国ロードショー!

『コリーニ事件』|ニューズウィーク日本版のコラム「映画の境界線」記事

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世代間の溝、ドイツの「過去の克服」が掘り下げられる『コリーニ事件』

ニューズウィーク日本版のコラム「映画の境界線」の2020年6月11日更新記事で、フェルディナント・フォン・シーラッハのベストセラー『コリーニ事件 (創元推理文庫)』を映画化したマルコ・クロイツパイントナー監督の『コリーニ事件』(19)を取り上げました。

本作を観て筆者がすぐに思い出したのは、ペーター・ライヒェルの『ドイツ 過去の克服―ナチ独裁に対する1945年以降の政治的・法的取り組み (叢書ベリタス)』の最後の方で詳述されている「ナチ時代に犯された犯罪の時効問題」のこと。そこらへんも引用しつつ、ドイツ固有の「過去の克服」というテーマがどのように掘り下げられているのかを書きました。

コラムをお読みになりたい方は以下のリンクからどうぞ。

世代間の溝、ドイツの「過去の克服」が掘り下げられる『コリーニ事件』

2020年6月12日(金)ロードショー

ドイツ映画 『顔のないヒトラーたち』 記事

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「過去の克服」に苦闘するドイツを描く実話

ニューズウィーク日本版のコラム「映画の境界線」の第5回(9月18日更新)で、実話に基づくジュリオ・リッチャレッリ監督の『顔のないヒトラーたち』(14)を取り上げました。

ドイツの歴史認識を変えたアウシュヴィッツ裁判までの若き検事の苦闘が描かれています。コラムは、映画化(『愛を読むひと』)もされたベルンハルト・シュリンクのベストセラー『朗読者』の物語との関連性から、この映画のアプローチを掘り下げていくような内容になっています。コラムをお読みになりたい方は以下のリンクからどうぞ。

「過去の克服」に苦闘するドイツを描く実話|『顔のないヒトラーたち』

ブライアン・デ・パルマ 『パッション』 レビュー

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表層と無意識、現実とイメージ――独自の視点で描く個と世界

ブライアン・デ・パルマがどんな映像作家であるのかを説明するのは容易ではない。70年代から80年代初頭にかけて『悪魔のシスター』(73)、『キャリー』(76)、『殺しのドレス』(80)、『ミッドナイトクロス』(81)といった作品で頭角を現したときには、アルフレッド・ヒッチコックの影響が顕著だったことから、その後継者と位置づけられていた。それらの作品に盛り込まれたスプリット・スクリーン、スローモーション、短いカット割り、カメラの360度回転や一人称のアングルといった映像表現は、デ・パルマ・カットと呼ばれ、熱狂的なファンを生み出した。

しかし、ハワード・ホークスの『暗黒街の顔役』の現代版である『スカーフェイス』(83)以降は、『アンタッチャブル』(87)や『ミッション:インポッシブル』(96)のような人気TVシリーズを映画化した娯楽大作から、『ミッション・トゥ・マーズ』(00)のようなSFやジェイムズ・エルロイのベストセラーを映画化した『ブラック・ダリア』(06)のようなノワールまで、様々なジャンルの作品を手がける作家へと変貌を遂げてきた。

デ・パルマの美学が最も輝きを放つのが、サスペンス・スリラーのジャンルであることは間違いないが、一方で彼の作品には、ジャンルでは括れない独自の視点が埋め込まれてもいる。デ・パルマは、幼年期に厳しく理解のない父親や兄に抑圧されていたことがトラウマとなり、それが映画に登場する男女の関係に様々なかたちで反映されている。

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ケイト・ショートランド 『さよなら、アドルフ』 レビュー

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ナチス・ドイツ時代の少女の物語に自分の世界観を反映して

■デビュー作から8年の歳月を経て■

オーストラリアの女性監督ケイト・ショートランドにとって2作目となる『さよなら、アドルフ』の舞台は1945年春、敗戦直後のドイツだ。ナチス親衛隊だった父と母を連合軍に拘束された14歳の少女ローレは、妹のリーゼル、双子の弟のギュンターとユルゲン、まだ赤ん坊のペーターを従え、900キロ離れた北部のハンブルクにある祖母の家を目指し、荒廃した国内を縦断していく。

ナチスの関係者はたとえ子供であっても冷たくあしらわれる。そんななか、飢えや病で窮地に立つ彼らに救いの手を差し伸べたのは、トーマスというユダヤ人の青年だった。

ショートランド監督は2004年に発表したデビュー作『15歳のダイアリー』でオーストラリア映画協会賞を総なめにした。

この映画では、母親の恋人を誘惑しているところを見つかり、家を飛び出した15歳の少女ハイジが、当てもなくたどり着いたスキーリゾート地で自活し、傷つきながら成長を遂げていく。本格的に映画作りを学ぶ前に大学でファインアートと歴史の勉強をしていたショートランドは、ナン・ゴールディンやゲルハルト・リヒター、ビル・ヘンソンらの作品を意識し、手持ちカメラを駆使した映像によって、孤独と欲望の間を不安定に揺れる少女の世界を鮮やかに浮き彫りにしてみせた。

このデビュー作と本作には共通点がある。『15歳のダイアリー』の冒頭では、風に揺れる洗濯物の隙間に少女の姿が垣間見られ、『さよなら、アドルフ』では、髪を洗って窓辺に立つ少女の後姿がレースのカーテンの向こうに浮かび上がる。ヒロインたちのそんな曖昧な輪郭は、彼女たちが現実の真っ只中に放り出されることによって明確にされていく。どちらの作品でも少女のイニシエーション(通過儀礼)が独自の美学で描き出される。

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