ダニス・タノヴィッチ 『鉄くず拾いの物語』 レビュー

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洞察と象徴を通して浮き彫りにされるロマの一家の現実

ダニス・タノヴィッチ監督の『鉄くず拾いの物語』は、ボスニア・ヘルツェゴヴィナに暮らすロマの一家に起こった出来事に基づいている。妊娠中の妻セナダが激しい腹痛に襲われ、危険な状態であることがわかるが、保険証がなく、高額な費用を払えないために、病院から手術を拒否される。夫のナジフはそんな妻の命を救い、家族を守るために奔走する。この映画ではそんな実話が、ナジフとセナダという当事者を起用して描き出される。

タノヴィッチ監督は新聞でこの出来事を知り、「世間に訴えなければいけない」と考え、映画にした。そういう意味ではこれは、社会派的な告発の映画といえる。しかし、当事者を起用し、事実をリアルに再現するだけでは、多くの人の心を動かすような作品にはならなかっただろう。

この映画で筆者がまず注目したいのはロマの一家の世界だ。タノヴィッチ監督自身も認めているし、ドラマを観てもわかるが、ナジフとセナダは必ずしもロマだから差別されるわけではない。しかしだからといって、彼らのことを漠然と被差別民や弱者ととらえて向き合えば、自ずと焦点がぼやける。たとえロマをよく知らなくても、目の前に存在する者の世界を見極めるような洞察が求められる。

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『鉄くず拾いの物語』 映画.com レビュー & 劇場用パンフレット

News

ドキュメンタリーとフィクションの狭間に見る「リアル」

2014年1月11日(土)より新宿武蔵野館ほかで全国順次ロードショーになるダニス・タノヴィッチ監督(『ノー・マンズ・ランド』『美しき運命の傷痕』)の新作『鉄くず拾いの物語』(13)に関する告知です。

この映画は、ボスニア・ヘルツェゴヴィナに暮らすあるロマの一家に起きた出来事を、当事者を起用して描いた異色のドキュドラマで、ベルリン国際映画祭で三冠に輝いています。

「映画.com」の1月7日更新の映画評枠に、「ロマの一家の「リアル」を鮮やかに描出した人間ドラマ」のタイトルのレビューを、さらに劇場用パンフレットに「洞察と象徴を通して浮き彫りにされるロマの一家の現実」というタイトルのコラムを書いています。

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小林政広 『日本の悲劇』 レビュー



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現代日本の無縁社会のなかで、老父はなぜ即身仏になる道を選ぶのか

小林政広監督が「年金不正受給事件」に触発されて作った『日本の悲劇』の主人公は、古い平屋に二人で暮らす老父とその息子だ。老父は自分が末期ガンで余命幾ばくもないことを知っている。妻子に去られた失業中の息子は、老父の年金に頼って生活している。

物語は、入院していた老父が息子に付き添われて家に戻ってくるところから始まる。その翌朝、老父は自室を封鎖して食事も拒み、残された息子は混乱に陥っていく。

この物語のもとになっているのは、111歳とされていた男性がミイラ化した遺体で見つかった事件だと思われるが、小林監督のアプローチは非常に興味深い。

映画には、3.11の悲劇や無縁社会、格差や自殺といった多様な要素が盛り込まれている。そうした現実に迫ろうとするのであれば、普通はこの事件の即身仏という要素は切り捨てたくなるところだろう。興味本位に見られかねないからだ。ところがこの映画では、即身仏が明確に意識されている。

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『日本の悲劇』 レビュー & 小林政広監督インタビュー



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孤立する家族、無縁社会、格差、3.11の悲劇、そして即身仏

遅くなってしまいましたが、8月31日(土)より公開中の小林政広監督の新作『日本の悲劇』に関する告知です。

東京都内で111歳とされる男性のミイラ化した遺体が見つかり、家族が年金を不正受給していた事件は大きな注目を集めました。小林監督が『日本の悲劇』を作るうえでインスパイアされたのは、この年金不正受給事件です。

主人公は、古い平屋に二人で暮らす老父とその息子です。妻子に去られた失業中の息子は、老父の年金に頼って生活しています。そして、自分が余命幾ばくもないことを知った老父は、自室を閉鎖し、食事も水も摂らなくなります。

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キム・ギドク 『嘆きのピエタ』 レビュー



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復活したキム・ギドクの変化、
異空間へと飛躍しない理由とは

『悲夢』の撮影中に女優が命を落としかける事故が起こったことをきっかけに、失速、迷走していた韓国の鬼才キム・ギドク。

ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞に輝いた新作『嘆きのピエタ』では、そんな監督が復活を告げるだけではなく、興味深いスタイルの変化を見せる。

天涯孤独で冷酷な取り立て屋イ・ガンドの前にある日、母親を名乗る謎の女が現れる。彼は戸惑いつつも女を母親として受け入れていくが、果たして彼女は本当に母親なのか。そしてなぜ突然、彼の前に現れたのか。

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