ポール・グリーングラス 『キャプテン・フィリップス』 レビュー

Review

見えない力がせめぎ合う状況のなかで、いつしか最前線に立たされている者たちの悲劇

ポール・グリーングラス監督の新作『キャプテン・フィリップス』は、2009年にオマーンの港からケニアに向かうアメリカ籍のコンテナ船がソマリア沖で海賊に襲撃された事件の映画化だ。

乗組員20名、非武装のアラバマ号は、わずか4人のソマリア人海賊にあっけなく占拠される。そして船長のフィリップスには、さらなる苦難が待ち受けている。乗組員を守り、船を解放しようとした彼は、海賊とともに救命艇に乗せられ、人質となってしまう。

この映画は、フィリップスの勇気ある行動に注目が集まるはずだが、見所はそれだけではない。同じように実話を扱ったグリーングラスの過去の作品と新作には共通点がある。


“血の日曜日事件”を描く『ブラディ・サンデー』では、ある若者たちに注目する。彼らは、はなからデモ行進への参加を決めていたわけではないが、その盛り上がりを目にして列に加わる。そして、公民権を求める団体やイギリス政府、IRAなどの見えない力がせめぎ合う状況のなかで、いつしか衝突の最前線に立たされている。

9・11を題材にした『ユナイテッド93』では、たまたまハイジャック機に乗り合わせた乗客が、生きるために操縦桿を奪い返そうとすることが、最前線に立つことにもなる。

そして新作にも同じような図式を見ることができる。フィリップスを人質にとる海賊のリーダー、ムセはもともと漁師だ。映画は彼が暮らす海辺の村に、ギャングが海賊の人集めに来るところから始まる。

内戦で荒廃したソマリアでは、輸出産業も崩壊し、管理が疎かになった近海では外国の大型漁船が乱獲を行なっている。仕事を奪われたムセは海賊になる。その独特の容貌から「骸骨」と呼ばれ蔑視される彼は、手柄に執着する。コンテナ船の金庫にあった3万ドルだけでは、ほとんどギャングに持っていかれる。大金を手にするためには人質をとるしかない。

そんなムセが閉ざされた救命艇で向き合うのは、人質のフィリップスだけではない。いつしか救命艇は、オバマ大統領の救出指令を受けた海軍特殊部隊に包囲され、彼は最前線に立たされている。

限定された空間で繰り広げられる緊張に満ちた駆け引きを通して、その背後にある現実を想像させる。そこにグリーングラスの持ち味がある。

(初出:「CDジャーナル」2013年12月号)