ゴア・ヴァービンスキー 『ローン・レンジャー』 レビュー

Review

『パイレーツ』3部作とは異なるアプローチで挑んだジェリー×ゴア×ジョニーの会心作

ジェリー・ブラッカイマー製作、ゴア・ヴァービンスキー監督、ジョニー・デップ主演とくれば、おそらく誰もがこの『ローン・レンジャー』を、『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズのチームが作り上げた新たなエンターテイメント大作と受けとめることだろう。もちろんそれは間違いではない。

脚本のテッド・エリオットとテリー・ロッシオのコンビや衣装のペニー・ローズ、音楽のハンス・ジマーを含めた『パイレーツ~』のスタッフが再結集し、かつて人気を博したテレビドラマのキャラクターを大胆なアプローチで現代に甦らせている。

たとえば、死の世界から甦ることで誕生するローン・レンジャーや復讐に燃える悪霊ハンターのトントという設定。あるいは、トントが列車の乗客を救う手助けをしたにもかかわらずのっけからお約束のように牢に放り込まれたり、無法者のブッチ・キャヴェンデイッシュが行う残酷な仕打ちが心臓がらみだったりするディテール。そこには、『パイレーツ~』のテイストが形を変えて引き継がれている。


しかしその一方で、『ローン・レンジャー』には、異なる魅力も加味されているように思える。筆者がまず注目したいのは、ゴア・ヴァービンスキーのポジションだ。彼のクレジットはデビュー以来ずっと監督のみだったが、『パイレーツ~』三部作の次に手がけたアニメーションの『ランゴ』では、原案と製作も兼ね、この『ローン・レンジャー』でも、製作に名前を連ねている。

つまり、『パイレーツ~』のように、製作と監督がブラッカイマーとの完全な分業にはなっていない。この変化については、『ランゴ』でアカデミー賞の長編アニメーション賞を獲得したヴァービンスキーが、これまで以上に自分のカラーを出していると見るのが自然だろう。

ではそれはどんなカラーなのか。実は筆者は『ローン・レンジャー』を観ながら、ヴァービンスキーが『パイレーツ~』以前に監督した『ザ・メキシカン』(01)という作品のことを思い出していた。

この一風変わったラブ・サスペンスでは、不運な事故がきっかけで組織の手先になることを余儀なくされた男ジェリーが、メキシコに行って伝説の拳銃“メキシカン”を受け取ってくるように命じられる。それは簡単な仕事のように見えたが、呪われた拳銃が災いを招き寄せ、争奪戦へと発展していく。そんな作品が『ローン・レンジャー』とどう結びつくのか。印象に残っていることを列記してみたい。

『ザ・メキシカン』は現代の物語だが、メキシコで銃を追いかけるうちに雰囲気が変わる。ジェリーが場末の酒場に入っていって、店の奥のテーブルに陣取る銃の持ち主と対面する場面や、彼が車ごと銃を横取りしたメキシコ人を捕らえ、砂漠に連れて行って足を撃ち抜く場面など、至るところで西部劇が意識されている。

それから、伝説の拳銃の来歴が明らかにされていく過程も見逃せない。銃が他の人間の手に渡るたびに、それを造った職人の娘の悲恋物語が修正・更新されていくのだが、その物語はセピア調の映像を使い、サイレント映画のスタイルで再現される。ちなみに、アメリカ人の手に渡るかに見えた銃は、最終的にメキシコ人の手に、本来あるべき場所に戻されることになる。

ヴァービンスキーが『ランゴ』を経て撮った『ローン・レンジャー』には、『ザ・メキシカン』で印象に残ったこうした要素が前面に押し出されている。明らかに西部劇に愛着を持つ彼にとって、テレビドラマ「ローン・レンジャー」は格好の題材だったといえる。さらにこの映画には、サイレント映画のダイナミズムも取り込まれている。機関車をめぐるアクションでヴァービンスキーがお手本にしているのは、バスター・キートンのサイレント映画『キートンの大列車追跡』(26)であるからだ。そんなところに、『パイレーツ~』とはひと味違うこの監督のカラーが出ている。

そして、トントを演じるジョニー・デップについても同様のことがいえる。つまりこの映画のトントは、デップが『パイレーツ~』のジャック・スパロウ、『アリス・イン・ワンダーランド』のマッドハッターにつづいて生み出したユニークなキャラクターというだけでなく、それ以前から彼が培ってきた個性と深く結びついているということだ。

まず注目しなければならないのは、トントがネイティブ・アメリカンだということだ。デップは、曾祖母にチェロキー族かクリーク族の血が入っていたと思うと語っている。そして、ネイティブ・アメリカンに対する彼の関心が明確にされているのが、監督デビュー作でもある『ブレイブ』(97)だ。この映画でデップ扮するネイティブ・アメリカンの主人公ラファエルは、スナッフ・フィルムに出演することによって命と引き換えに得られる金で生活苦にあえぐ家族を守ろうとする。『ローン・レンジャー』は決してシリアスな作品ではないが、トントというキャラクターが特別な意味を持っていることは間違いないだろう。

さらにデップとサイレント映画の相性にも注目したい。初期の彼は、『シザーハンズ』(90)でほとんど喋らないハサミ男を、『妹の恋人』(93)でバスター・キートンやサイレント映画に憧れる青年を演じるなど、サイレント映画に結びつくパフォーマンスによって頭角を現し、独自の身体感覚を培ってきた。『ローン・レンジャー』では、そんな個性が遺憾なく発揮され、バスター・キートンに通じる魅力を放っている。それは、ヴァービンスキーの演出とデップのパフォーマンスががっちりと噛み合っていることを意味する。

つまり、『ローン・レンジャー』は、独自のカラーを前面に出すヴァービンスキーとデップを、ブラッカイマーがしっかりと受け止めるという図式で成り立っている。この映画が『パイレーツ~』シリーズになかった新たな魅力を放っているのは、エンターテイメント性に明確な作家性が加味されているからなのだ。

(初出:『ローン・レンジャー』劇場用パンフレット)