フローリア・シジスモンディ 『ランナウェイズ』レビュー

Review

壊れた家族とバンドという擬似家族の狭間で――もうひとつの『ブギーナイツ』

70年代に一世を風靡したガールズバンド“ランナウェイズ”を題材にしたこの映画で、まず注目すべきなのはサンフェルナンド・ヴァレーという舞台だろう。ロサンゼルスの郊外に広がるこの地域は、サバービアというテーマとも結びつきながら、映像作家の想像力を刺激し、アメリカのひとつの象徴として描かれてきた。

スティーヴン・スピルバーグは、『E.T.』をここで撮影した。ティム・バートンは『シザーハンズ』のプレスで「この映画は、ぼくの育った映画の都バーバンクの想い出がいっぱいつまっている」と語っているが、そのバーバンクもこの地域の縁にある。


トッド・ヘインズ『SAFE』をここで撮影した。サンフェルナンド・ヴァレー出身のポール・トーマス・アンダーソンは『ブギーナイツ』や『マグノリア』で地元を舞台にしている。同じくサンフェルナンド・ヴァレー出身のデイヴィッド・ジェイコブソンは『ダウン・イン・ザ・バレー』で、この地域の過去と現在を巧妙に結びつけるドラマを作り上げた。

ポール・ハギスの『クラッシュ』でも、この地域が舞台の一部になっている。ロドリゴ・ガルシアは『彼女を見ればわかること』から『美しい人』『愛する人』まで、頻繁にこの地域を映画の舞台にしている。

そうした作品群のなかでも、『ランナウェイズ』と並べてみると興味深いのが、『ブギーナイツ』だ。2本の映画に目立った共通点があるのは、ドラマと舞台が深く結びついているからだ。

アンダーソンが実在のポルノ男優ジョン・ホームズにインスパイアされて作った『ブギーナイツ』では、高校を中退し、母親から負け犬呼ばわりされる若者エディが、皿洗いをしていたクラブでポルノ映画の監督ジャックにスカウトされ、スターになっていく。

『ランナウェイズ』の物語は、サンフェルナンド・ヴァレー出身で、バンドのヴォーカルだったシェリー・カーリーの自伝に基づいている。奔放で身勝手な母親と酒に溺れる父親という、壊れかけた家庭に暮らし、鬱屈した日々を送っていたシェリーは、クラブでやり手のプロデューサー、キム・フォーリーにスカウトされ、ランナウェイズが結成され、大きな注目を集めていく。

サンフェルナンド・ヴァレーは戦後いち早く郊外化が進み、アメリカの夢の象徴になったが、荒廃するのも早かった。一方でこの地域は、ハリウッドをもじってヴァレーウッドと呼ばれた映画産業、ポルノ映画産業、テレビや音楽産業など、ショービジネスの世界に取り巻かれていた。だから、苦労することもなく、ちょっとしたきっかけで予想もしないチャンスに恵まれるようなことが起こる。しかし、チャンスをものにすることは、冷酷なシステムに取り込まれることも意味する。

だから、この2本の映画では、サバービアの壊れた家族とショービジネスの世界が交錯していく。あるいは、壊れた家族とショービジネスの世界で生まれた擬似家督が対置されていく。

『ブギーナイツ』のエディは、有頂天になり、スターの座から引き下ろされてはじめて、ポルノ映画の世界でもうひとつの家族に属していたことに気づく。『ランナウェイズ』のシェリーもまた、血のつながった家族とバンドという擬似家族の狭間で葛藤を強いられ、エディとは異なる道を歩んでいくことになるのだ。

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