フランソワ・オゾン 『危険なプロット』 レビュー



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新作にはオゾンが編み出してきた様々な話術が凝縮されている

ある中流家庭を舞台にしたフランソワ・オゾンの長編デビュー作『ホームドラマ』では、父親がネズミという異物を家に持ち込んだことをきっかけにして、家族がそれぞれに自己を規定していた枠組みから解き放たれ、現実と幻想の境界が曖昧な世界へと踏み出していく。

この映画のプロモーションで来日したオゾンは、現実と幻想についてこのように語っていた。

ぼくは、夢とか幻想と現実を同次元で描きたいと思っている。幻想や夢は現実と同じくらい重要であり、人間が見えてくる。次回作では三面記事の実話がもとになっているけど、次第に実話から離れていく。人を殺した若い男女が死体を捨てるために森に入っていくけど、現実の世界で罪を犯したことに対する迷いと森のなかで迷うことがダブっていくことになるんだ」(※次回作とはもちろん『クリミナル・ラヴァーズ』のことをさしている)

オゾンはデビュー以来、様々な設定やスタイルで夢や幻想と現実を同次元でとらえるような世界を作り上げてきた。『しあわせの雨傘』につづく新作『危険なプロット』は、彼がこれまでに編み出した話術を一本に凝縮したような作品といえる。

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『トランス』 劇場用パンフレット

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記憶の迷宮でせめぎ合う男女の欲望

2013年10月11日(金)より全国ロードショー公開になるダニー・ボイル監督の新作『トランス』の劇場用パンフレットに上記のタイトルでレビューを書いています。主演は、ジェームズ・マカヴォイ、ヴァンサン・カッセル、ロザリオ・ドーソン。『シャロウ・グレイブ』や『ザ・ビーチ』でボイルと組んだジョン・ホッジが脚本に参加しています。

物語は白昼のオークション会場からゴヤの「魔女たちの飛翔」が盗まれるところから始まります。40億円の名画を奪ったのは、ギャングと手を組んだ競売人のサイモンですが、なぜか計画とは違う行動に出た彼は、ギャングのリーダー、フランクに殴られ、絵画の隠し場所の記憶を失ってしまいます。そこで催眠療法士エリザベスが雇われますが、サイモンの頭のなかでは、主人公たちを翻弄するように記憶が迷宮と化していきます。

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リチャード・リンクレイター 『バーニー/みんなが愛した殺人者』 レビュー

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全米第一の州にならんとする、勢いのあるテキサスとは違う、もうひとつのリアルなテキサス

リチャード・リンクレイター監督の『バーニー みんなが愛した殺人者』は、1996年にテキサス州の田舎町で実際に起こった殺人事件に基づいている。脚本を手がけているのは、「テキサス・マンスリー」誌のライターで、98年に事件の記事を同誌に書いたスキップ・ホランズワースだが、事件の真相に迫るジャーナリスティックな作品というわけではない。しかし、笑えるからといって、単なるコメディになっているわけでもない。

テキサス州東部にある田舎町カーセージの葬儀社で働くバーニーは、住民の誰からも愛される町一番の人気者だ。仕事を完璧にこなすだけでなく、町の美化運動を推進したり、短大の演劇部で音楽監督を務めるなど、市民活動でも貢献している。そんな彼は、石油で莫大な財を築いたドゥエイン・ニュージェントの葬儀で未亡人のマージョリーに出会う。

高慢でわがままな彼女は町一番の嫌われ者だ。バーニーはそんな彼女に親身になって接し、彼女の方も彼だけには心を開くようになる。やがて彼は葬儀社を辞め、マージョリー専属のマネージャーになり、資産の管理をまかされる。だが、マージョリーの支配欲は日に日に激しさを増し、精神的に追い詰められた彼は、ある日、衝動的に彼女を射殺してしまう。

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小林政広 『日本の悲劇』 レビュー



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現代日本の無縁社会のなかで、老父はなぜ即身仏になる道を選ぶのか

小林政広監督が「年金不正受給事件」に触発されて作った『日本の悲劇』の主人公は、古い平屋に二人で暮らす老父とその息子だ。老父は自分が末期ガンで余命幾ばくもないことを知っている。妻子に去られた失業中の息子は、老父の年金に頼って生活している。

物語は、入院していた老父が息子に付き添われて家に戻ってくるところから始まる。その翌朝、老父は自室を封鎖して食事も拒み、残された息子は混乱に陥っていく。

この物語のもとになっているのは、111歳とされていた男性がミイラ化した遺体で見つかった事件だと思われるが、小林監督のアプローチは非常に興味深い。

映画には、3.11の悲劇や無縁社会、格差や自殺といった多様な要素が盛り込まれている。そうした現実に迫ろうとするのであれば、普通はこの事件の即身仏という要素は切り捨てたくなるところだろう。興味本位に見られかねないからだ。ところがこの映画では、即身仏が明確に意識されている。

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フアン・アントニオ・バヨナ 『インポッシブル』 レビュー

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イニシエーションなき時代における大人になるためのイニシエーションを描いた映画

スペインの新鋭フアン・アントニオ・バヨナ監督の『インポッシブル』は、多くの犠牲者を出した2004年のスマトラ島沖地震で被災し、苦難を乗り越えて生還を果たした家族の実話に基づいている。この映画には、大きく分けて三つの見所がある。

まず、大津波の現実が、凄まじい臨場感で非常にリアルに再現されている。私たちは、過去ではなく現在進行形の出来事として、この未曾有の災害を追体験することになる。

それから家族の絆だ。主人公は、ヘンリーとマリアのベネット夫妻とルーカス、トマス、サイモンという3人の息子たち。タイのリゾート地で休暇を過ごしていたこのイギリス人一家に大津波が襲いかかる。マリアと長男のルーカスは激しい濁流にのみ込まれ、他の3人と引き離されてしまう。過酷なサバイバルを余儀なくされるマリアとルーカス、そして必死に二人を探し続けるヘンリー。彼らの姿からは、家族の強い絆が浮かび上がってくる。

このふたつは、映像やドラマからダイレクトに伝わってくるので、あまり言葉を費やす必要もないだろう。だがこの映画にはもうひとつ、見逃せないテーマが盛り込まれている。それは、ルーカスにとってこの体験が、大人になるためのイニシエーション(通過儀礼)になっているということだ。

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