『ハッシュパピー バスタブ島の少女』 『天使の分け前』 試写

試写室日記

本日は試写を2本。

『ハッシュパピー バスタブ島の少女』 ベン・ザイトリン

『君と歩く世界』試写室日記に書いたような事情で、この映画もほとんど予備知識なしに試写に出向いた。監督が無名の新人で、少女の物語で、本年度のアカデミー賞の主要4部門にノミネートされたということくらいか。巨大な野獣と小さな少女が向き合っている写真にはちょっと興味をそそられていた。

映画を観ながら、ニューオーリンズから遠くないであろう、どことも特定されないバイユーを舞台にしていて、ハリケーン・カトリーナや石油の流出事故などが意識された物語であることがわかる。このブログでも様々なかたちで取り上げているようにニューオーリンズやカトリーナについては非常に興味があるので、引き込まれる。

最初に連想したのはハーモニー・コリンの『ガンモ』。『ガンモ』が、竜巻の襲撃から立ち直れず、貧困にあえぐ人々の営みを描いていて、この映画の場合には、ハリケーンや地盤沈下で人々が追い詰められていくということだけではない。『ガンモ』が中西部に設定されていながら、実はコリンが育ったナッシュヴィル郊外のホワイトトラッシュの町で撮影され、コリンのなかにある南部的な感性がそこに吐き出されていたように、この映画でも南部の文化が独特の空気をかもし出している。

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『Red Planet』 by Arborea

Listning

メイン州の豊かな自然、媒介としての音楽

『Red Planet』は、Arboreaのニューアルバムだ。Arboreaは、Buck CurranとShanti Curranという夫婦のユニットで、メイン州を拠点に活動している。

たとえば、ニューオーリンズを拠点に活動するグループHurray for the Riff Raffや、このArboreaの音楽には、“メディア”という言葉がかつて持っていた意味を思い出させるような独特の響きを感じる。

加藤秀俊の『メディアの発生――聖と俗をむすぶもの』(中央公論新社、2009年)では、メディアが持っていた意味がこのように説明されている。「その原型になっているのは聖俗をつなぐ「霊媒」のことでもあったのだ。そのような意味での「メディア」は現代の文明世界でもけっして消滅したわけではない

『Red Planet』 (2011)

もちろん、たとえばすでにこのブログで取り上げているJana WinderenやRichard Skeltonの音楽にもそれは当てはまる。にもかかわらず、ここで特にHurray for the Riff RaffとArboreaに注目しようとするのにはわけがある。

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