今週末公開オススメ映画リスト2013/03/28

週刊オススメ映画リスト

今回は、『ハーブ&ドロシー ふたりからの贈りもの』『隣人 ネクストドア』『チャイルドコール 呼声』の3本に、“フレンチ・フィーメイル・ニューウェーブ”で特集上映される3作品『グッバイ・ファーストラブ』『スカイラブ』『ベルヴィル・トーキョー』を加えた計6本です。

『ハーブ&ドロシー ふたりからの贈りもの』 佐々木芽生

2010年に公開されてロングランを記録したドキュメンタリー『ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人』の続編です。但し、前作を観ていなくともわかるような構成になっています。この2作品の魅力は、“小さいことがとても大きなものにつながる”という言葉に集約できます。

郵便局員と図書館司書だったハーブとドロシー夫妻は、独自の審美眼と類希な情熱で、お給料で買えて1LDKのアパートに収まるアートを買い集め、それがいつしか世界でも屈指の歴史に残るアートコレクションになります。ふたりはそのコレクションを一点も売ることなく、アメリカの国立美術館に寄贈します。それが前作の物語でした。

この続編では、その国立美術館でさえも夫妻の大量のアートをすべて受け入れることが不可能であることが判明し、全米50州の美術館に50作品ずつ、計2500点を寄贈するプロジェクトが動き出します。そのプロジェクトが背景になっているので、ハーブとドロシーとともに、全国に散っていったコレクションを訪ねて歩くロード・ムービーと見ることもできます。

ハーブとドロシーはコレクターとして作品を買うだけではなく、アーティストの成長や作品の変化を追いかけ、その本質を知ろうとすることによって、アーティストたちと親密な関係を築き上げてきました。そういう意味では、ハーブとドロシーが親で、アーティストが子供たちで、彼らの作品が孫ともいえます。この映画は、コレクションが分散するという難しい選択を通して、そんな親密な関係を再確認していく物語ともいえます。

『隣人 ネクストドア』 ポール・シュレットアウネ

『隣人 ネクストドア』試写室日記で書いたように、メインは次に取り上げる『チャイルドコール 呼声』(11)ですが、先にこちらを観ておくとシュレットアウネ監督の関心や作風がわかって、より楽しめると思います。

『隣人 ネクストドア』のプレスには、監督のこんな言葉があります。「私は常日頃から、心(または精神)がどのように働くかにとても興味を持っています」

この映画は、外部にあるはずの世界と内面の世界との重ね方が絶妙だと思います。たとえば、一般的には廊下は直線なので、自分の部屋の前から隣人の部屋の扉が見えるものですが、この映画では廊下が奇妙にカーブしているので見えません。また、壁を通して隣室の物音が筒抜けになっているとか、隣室の内部が迷宮のような構造になっているという設定も、私たちが普段見ることのない領域に対する興味深い解釈になっているといえます。

『チャイルドコール 呼声』 ポール・シュレットアウネ

内容および心(精神)に対する監督の視点について、まずは『チャイルドコール 呼声』試写室日記をお読みください。この映画は、『隣人 ネクストドア』の視点や構造をより複雑にした作品といえます。

次第に現実を見失っていく母親アナは精神錯乱に陥っていますが、『隣人 ネクストドア』のように主人公の内面に絞り込まれているわけではありません。この映画には複数の虐待(あるいは虐待の結果としての悲劇)があります。

アナは夫の暴力から息子を守ろうとします。さらに、彼女が据えつけた監視用音声モニターの混線によって、別の家族の虐待が浮かび上がります。アナが出会うヘルゲも、少年時代に虐待にあっていたことが示唆されます。この映画では、錯乱による失見当識や作話、心に秘められた過去の体験、現実の世界で隠されている事実などが巧妙に組み合わされています。

“フレンチ・フィーメイル・ニューウェーブ”

フランスの女性監督特集です。フランス映画界ではここ10年で20人以上もの女性監督が誕生し、活躍しているといいます。上映される3作品には、過去と現在のつながりを描いているという共通点があるようにも見えます。

♯1:『グッバイ・ファーストラブ』 ミア・ハンセン=ラブ

『すべてが許される』『あの夏の子供たち』につづくミア・ハンセン=ラブ監督の長編第3作です。1999年、2003年、2007年、初恋をモチーフにヒロインの変化が、光、空間、水などを意識した美しい映像を通して繊細に描き出されます。

韓国映画『建築学概論』試写室日記で少し触れていますが、この映画でも初恋と建築が結びつけられています。ヒロインのカミーユと彼女の初恋の相手シュリヴァンの関係で印象的なのは、自分を取り巻く空間に対する認識が違うことです。

シュリヴァンは自分が生活するパリを嫌い、自己探求のために高校を中退して南米に向かい、手紙でカミーユに別れを告げます。そんな彼は帰国してからもパリではなくマルセイユに住みます。一方、高校生のときから、実家でも別荘で過ごすときも“家”という空間に惹かれるカミーユは、その空間をとらえるために建築を学ぶようになり、建築を通して変わっていきます。

その建築の講義のなかには、“微光”について議論する場面があり、記憶こそが微光であるという文脈から建築が初恋へと結びついていきます。

同系統の赤い色の使い方にも注目です。カミーユが着るコート、Tシャツ、水着の赤が、冬と夏の光、異なる時代、内面の変化を際立たせています。

♯2:『スカイラブ』 ジュリー・デルピー

監督ジュリー・デルピーの『パリ、恋人たちの2日間』『血の伯爵夫人』につづく新作です。1979年の夏、ブルターニュ地方に住む祖母の誕生日を祝うために集まった大家族が繰り広げる騒動を描く群像劇です。映画は現在の家族旅行の場面から始まり、母親の少女時代の回想というかたちで群像劇につながっていきます。

タイトルの“スカイラブ”はアメリカ初の宇宙ステーションのことで、それがフランスに落下してくるかもしれないという不安が漂い、少女の想像力を刺激したりします。

完成度という点では『グッバイ・ファーストラブ』の方が上でしょうが、個人的にはいろいろ魅力を感じます。たとえば、音楽やテレビ番組やセックスをめぐる母親同士の会話を通してそれぞれの家族の価値観の違いが明確になるところとか、食事の席で政治の話題が出た途端に左派と右派の壮絶な舌戦が始まるところなど。自分の子供が丸焼きにして食べられてしまう羊の母親の視線も印象的でした。

♯3:『ベルヴィル・トーキョー』 エリーズ・ジラール

パリの名画座で広報の仕事をしていたというシネフィル、エリーズ・ジラールの長編デビュー作。『わたしたちの宣戦布告』を観ている人は、同じキャストによって演じられるカップルがまったく対照的な運命をたどるドラマがより印象に残ることでしょう。

この物語が監督自身の体験をモチーフにしているのだとしたら、それは相当にしんどい体験だったのではないかと想像されます。ヒロインの夫がかなり嫌な男だからです。しかもその職業が映画評論家だなんて。そんな夫が大嘘をついていることに気づきながら、そこで行動を起こさずに関係をつづけるというのもなかなか残酷です。