イエジー・スコリモフスキ 『エッセンシャル・キリング』 レビュー

Review

故郷喪失者はどこでもない場所で、動物性への帰郷を果たす

17年ぶりに監督した『アンナと過ごした4日間』(08)で見事な復活を遂げたポーランドの鬼才イエジー・スコリモフスキ。待望の新作はアフガニスタンにおける戦闘から始まり、最初は9・11以後のテロとの戦いを描く作品のように見える。

バズーカ砲で米兵を吹き飛ばした主人公は、米軍に拘束されて捕虜になり、拷問を受け、軍用機と護送車で移送される。ところが、深夜の山道で事故が起き、彼だけが逃走する。

この逃亡劇によって映画の世界は大きく変化していく。そんな流れは筆者に、ジム・ジャームッシュの『ダウン・バイ・ロー』を想起させる。この映画の三部構成は実によくできていた。

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『哲学者とオオカミ――愛・死・幸福についてのレッスン』 マーク・ローランズ

Reading

オオカミという他者を通して人間とは何なのかを考察する

想田和弘監督の『Peace ピース』(7月16日公開予定)の試写を観たときに最初に思い出したのがこの本のことだった。そこでぱらぱらと読み返してみた。

最初に読んだときも引き込まれたが、今では著者の言葉がもっと身近に感じられる。それは、『ブンミおじさんの森』、『アンチクライスト』、『四つのいのち』、『4月の涙』(野生のオオカミが出てくる場面がある)、『蜂蜜』、『エッセンシャル・キリング』といった作品を通して、人間と動物の関係に以前よりも鋭敏になっているからだろう。

マーク・ローランズはウェールズ生まれの哲学者で、本書では、ブレニンという名のオオカミと10年以上に渡っていっしょに暮らした経験を通して、ブレニンについて語るだけではなく、人間であることが何を意味するのかについても語っている。

↓ この人がローランズだが、いっしょにいるのはもちろんブレニンではない。ブレニンは、各地の大学で教えるローランズとともに合衆国、アイルランド、イングランド、フランスと渡り歩き、フランスで死んだ。ローランズはその後マイアミに移り、この映像はそこで撮影したものだ。

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『幸せパズル』 『ラスト・エクソシズム』 『ゴーストライター』試写

試写室日記

本日は試写を3本。

『幸せパズル』 ナタリア・スミルノフ

アルゼンチンのナタリア・スミルノフ監督の作品。ゴンサロ・カルサーダの『ルイーサ』とか、ファン・ホセ・カンパネラの『瞳の奥の秘密』(09)とか、昨年の東京国際で公開されたディエゴ・レルマンの『隠れた瞳』(10)とか、けっこう気になるアルゼンチン映画だが、この女性監督も自然でこまやかな演出が光る。

平凡な主婦マリアは、ふとしたことから“ジグソーパズル”の才能があることに気づき、夫や息子との関係を通した自分ではなく、内面から自己に目覚めていく。

たとえば筆者が印象に残ったのは、料理とパズルのコントラスト。料理はコミュニケーションだが、夫も息子もわかってない。だから彼女はパズルにのめり込む。彼女はパズルによって内にこもるものと思う。ところが、そのパズルが、いつしかタンゴに近いものになっているというひねりがよかった。
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イエジー・スコリモフスキー監督に会う



News

新作『エッセンシャル・キリング』が公開(今夏、渋谷シアター・イメージフォーラムほか、全国順次公開)されるイエジー・スコリモフスキ監督にインタビューしてきました。

試写室日記に書いたように、『エッセンシャル・キリング』では自然や動物性が印象に残りますが、それは監督が人里離れた自然のなかで、日常的に野生の動物と遭遇するような生活を送っていることが大きいようです。

インタビューは7月売りの「CDジャーナル」に掲載される予定です。

『エッセンシャル・キリング』試写

試写室日記

本日は試写を1本。

『エッセンシャル・キリング』 イエジー・スコリモフスキ

『アンナと過ごした4日間』で見事な復活を遂げたポーランドの巨匠スコリモフスキの新作。主演はヴィンセント・ギャロ。ヴェネチア国際映画祭で、審査員特別賞と主演男優賞を獲得している。

作品の構造は、ジャームッシュの『ダウン・バイ・ロウ』を想起させる。『ダウン・バイ・ロウ』では、一部のニューオーリンズから二部の刑務所、そして三部の脱獄後の空間へと、情報や記号が消し去られていき、主人公たちは時代も場所も定かではないどこでもない場所へと彷徨いだす。

スコリモフスキはそれを9・11以後の世界でやってしまう。アフガニスタンから始まり、捕虜として収容所に連行され、逃亡の先にはどこでもない場所が広がる。

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