『ミケランジェロ・プロジェクト』 劇場用パンフレット

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未来や理想をめぐる葛藤を描く、クルーニーらしい世界観

2015年11月6日(金)よりロードショーになるジョージ・クルーニー監督の『ミケランジェロ・プロジェクト』の劇場用パンフレットに、上記タイトルでコラムを書いています。監督・製作者としてのクルーニーをテーマにしたテキストで、『コンフェッション』(02)、『グッドナイト&グッドラック』(05)、『かけひきは、恋のはじまり』(08)、『スーパー・チューズデー ~正義を売った日~』(11)というこれまでの作品にも言及しています。

劇場で映画をご覧になりましたら、ぜひパンフレットもお読みください。

ドイツ映画 『顔のないヒトラーたち』 記事

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「過去の克服」に苦闘するドイツを描く実話

ニューズウィーク日本版のコラム「映画の境界線」の第5回(9月18日更新)で、実話に基づくジュリオ・リッチャレッリ監督の『顔のないヒトラーたち』(14)を取り上げました。

ドイツの歴史認識を変えたアウシュヴィッツ裁判までの若き検事の苦闘が描かれています。コラムは、映画化(『愛を読むひと』)もされたベルンハルト・シュリンクのベストセラー『朗読者』の物語との関連性から、この映画のアプローチを掘り下げていくような内容になっています。コラムをお読みになりたい方は以下のリンクからどうぞ。

「過去の克服」に苦闘するドイツを描く実話|『顔のないヒトラーたち』

パヴェウ・パヴリコフスキ 『イーダ』 レビュー

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“アンナ”が“イーダ”になるためのイニシエーション

パヴェウ・パヴリコフスキの新作『イーダ』は、1957年にワルシャワで生まれ、14歳の時に共産主義のポーランドを離れたこの監督が、初めて祖国で作り上げた作品だ。

物語の背景は1962年のポーランド。戦争孤児として修道院で育てられ、修道女になる準備をしていた18歳のアンナは、院長から叔母のヴァンダが存命していることを知らされる。検察官でありながら、酒に溺れる乱れた生活を送るヴァンダは、唯一の親類を訪ねてきたアンナに、彼女がユダヤ人で、本名はイーダ・レベンシュタインであることを打ち明ける。そして二人はそれが宿命であったかのように、歴史の闇に分け入り、家族の死の真相に迫っていく。

陰影に富むモノクロ、スタンダード・サイズの映像、徹底的に削ぎ落とされた台詞や構成、ホロコーストや共産主義をめぐる歴史の闇、アンジェイ・ワイダを筆頭とする“ポーランド派”やポーランド・ジャズの黄金時代へのオマージュ。この映画は、これまでのパヴリコフスキ作品とはまったく違うように見えるが、実はしっかりと繋がっている。

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ケイト・ショートランド 『さよなら、アドルフ』 レビュー

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ナチス・ドイツ時代の少女の物語に自分の世界観を反映して

■デビュー作から8年の歳月を経て■

オーストラリアの女性監督ケイト・ショートランドにとって2作目となる『さよなら、アドルフ』の舞台は1945年春、敗戦直後のドイツだ。ナチス親衛隊だった父と母を連合軍に拘束された14歳の少女ローレは、妹のリーゼル、双子の弟のギュンターとユルゲン、まだ赤ん坊のペーターを従え、900キロ離れた北部のハンブルクにある祖母の家を目指し、荒廃した国内を縦断していく。

ナチスの関係者はたとえ子供であっても冷たくあしらわれる。そんななか、飢えや病で窮地に立つ彼らに救いの手を差し伸べたのは、トーマスというユダヤ人の青年だった。

ショートランド監督は2004年に発表したデビュー作『15歳のダイアリー』でオーストラリア映画協会賞を総なめにした。

この映画では、母親の恋人を誘惑しているところを見つかり、家を飛び出した15歳の少女ハイジが、当てもなくたどり着いたスキーリゾート地で自活し、傷つきながら成長を遂げていく。本格的に映画作りを学ぶ前に大学でファインアートと歴史の勉強をしていたショートランドは、ナン・ゴールディンやゲルハルト・リヒター、ビル・ヘンソンらの作品を意識し、手持ちカメラを駆使した映像によって、孤独と欲望の間を不安定に揺れる少女の世界を鮮やかに浮き彫りにしてみせた。

このデビュー作と本作には共通点がある。『15歳のダイアリー』の冒頭では、風に揺れる洗濯物の隙間に少女の姿が垣間見られ、『さよなら、アドルフ』では、髪を洗って窓辺に立つ少女の後姿がレースのカーテンの向こうに浮かび上がる。ヒロインたちのそんな曖昧な輪郭は、彼女たちが現実の真っ只中に放り出されることによって明確にされていく。どちらの作品でも少女のイニシエーション(通過儀礼)が独自の美学で描き出される。

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マルガレーテ・フォン・トロッタ 『ハンナ・アーレント』 レビュー

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絶対的無罪と絶対的有罪の鏡を砕くための揺るぎない思考

ニュー・ジャーマン・シネマを牽引してきた女性監督マルガレーテ・フォン・トロッタの『ハンナ・アーレント』では、ユダヤ人哲学者ハンナ・アーレントの生涯のなかで、1961年に行われたナチス戦犯アドルフ・アイヒマンの裁判に前後する4年間のドラマが描き出される。

強制収容所を体験しているアーレントは、自らの意志でアイヒマンの公判を傍聴してレポートを「ニューヨーカー」誌に連載し、その後『イェルサレムのアイヒマン』にまとめた。彼女の目に映ったかつてのナチス親衛隊中佐は、怪物や悪魔ではなく平凡な人間だった。

ちなみに、10数年前に公開されたエイアル・シヴァン監督の『スペシャリスト 自覚なき殺戮者』は、アーレントのこの著書をもとにアイヒマン裁判の膨大な記録映像を編集したドキュメンタリーだった。その作り手たちは、エチオピアの飢饉やルワンダのジェノサイド(「隣人による殺戮の悲劇――94年に起ルワンダで起こった大量虐殺を読み直す」参照)という同時代の現実を踏まえた上でアイヒマンに着目した。

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