アレクサンダー・ペイン 『ファミリー・ツリー』 レビュー



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連綿とつづく生の営み

『ハイスクール白書 優等生ギャルに気をつけろ!』(99)、『アバウト・シュミット』(02)、『サイドウェイ』(04)、そして7年ぶりの新作となる『ファミリー・ツリー』。アレクサンダー・ペイン監督の作品には共通点がある。人生の危機に直面した主人公の行動や心理がユーモアを交えて描き出される。そういう設定やスタイルで映画を撮る監督は他にもいるが、ペインは一線を画している。実はこの四作品にはすべて原作となった小説があるが、他の監督が映画化しても、彼のような世界が切り拓けるわけではない。

あまり目立たないが、ペインの作品には別の共通点がある。まず『ハイスクール白書』を振り返ってみよう。ネブラスカ州オマハを舞台にしたこの映画では、表彰もされた信頼が厚い教師が、上昇志向のかたまりのような女子生徒の生き方に抵抗を覚えたことがきっかけで人生の歯車が狂い出し、仕事も家庭もすべてを失ってしまう。最後に逃げるようにニューヨークに向かった彼は、自然史博物館の教育部門に就職し、新たな人生を歩み出す。筆者が注目したいのは、その自然史博物館に展示された原始人のジオラマだ。さり気なく映像が挿入されるだけなので記憶している人は少ないだろう。

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ミシェル・アザナヴィシウス 『アーティスト』 レビュー

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サイレント映画から新たな魅力を引き出す現代的なアプローチ

サイレント映画がなぜそれほど大きな注目を集めるのか? ミシェル・アザナヴィシウス監督の『アーティスト』が世界の映画賞を席巻しているという話題を耳にしたとき、筆者はそんなふうに感じていた。しかし実際に作品を観て、理由がよくわかった。これはかつてのサイレント映画を単純に現代に甦らせただけの作品ではない。そこにはサイレントというスタイルに対する現代的なアプローチが見られる。

筆者がまず面白いと思ったのは導入部の表現だ。映画は、ジョージ・ヴァレンティン主演の新作『ロシアの陰謀』が上映されているところから始まる。私たちはいきなりサイレント映画のなかでもう一本のサイレント映画を目にする。劇中のスクリーンでは、ジョージ扮するヒーローの活躍が描かれる。さらに新作の映像だけではなく、客席の様子も映し出される。そのとき私たちは、観客が息を呑んだり、拍手をしたりする姿から、スクリーンで起こっていることを想像している。

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トッド・グラフ 『ジョイフル♪ノイズ』 レビュー

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トッド・グラフが喚起した心と声のフュージョン

『ジョイフル♪ノイズ』が三作目の監督作になるトッド・グラフ。彼の作品には明確な共通点がある。落ちこぼれやはみ出し者が、音楽を通して友情や恋を育み、壁を乗り越えて成長を遂げていく。

サンダンス映画祭で喝采を浴び、日本でも人気の高い監督デビュー作『キャンプ』(03)では、ゲイや肥満やもてない悩みを抱える若者たちが、サマーキャンプでミュージカルの厳しい課題に打ち込み、個性を開花させる。

二作目の『Bandslam』(09)では、デヴィッド・ボウイを崇拝するはみ出し者の高校生が、人気者の女子に音楽の知識を認められ、彼女のバンドのマネージャーになったことから、バンドのコンテストという目標に向かって人の輪が広がっていく。

『ジョイフル♪ノイズ』では、反抗的なランディや両親の間にある溝に心を痛めるオリヴィア、アスペルガー症候群に悩む彼女の弟ウォルターの関係が、音楽を通して変化していく。

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ラース・フォン・トリアー 『メランコリア』 レビュー

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人間の在り方を原点から問い直す――鬼才トリアーの世界

ラース・フォン・トリアー監督の前作『アンチクライスト』は、うつ病を患ったフォン・トリアーがリハビリとして台本を書き、撮影した作品だった。新作の『メランコリア』も、「うつ病」の意味もある言葉をタイトルにしているように、彼のうつ病の体験と深く結びついている。

この映画は二部構成で、ジャスティンとクレアという姉妹の世界が対置されている。ジャスティンは心の病ゆえにこれまで姉のクレアに迷惑をかけてきたと思われる。そんな彼女は結婚を節目に新たな人生を歩み出そうとするが、パーティーの最中にうつ状態に陥り、夫も仕事も失ってしまう。

しかし、世界の終わりが現実味を帯びていく第二部では、二人の立場が逆転する。失うもののないジャスティンは落ち着きを取り戻し、家族がいるクレアは逆に取り乱し、自分を見失いかける。

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アキ・カウリスマキ 『ル・アーヴルの靴みがき』 レビュー

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最も人に近いところにある職業に見るカウリスマキ監督の神学

アキ・カウリスマキの新作『ル・アーヴルの靴みがき』の舞台はフランスの港町ル・アーヴル。靴みがきを生業とするマルセル・マルクスは、献身的な妻アルレッティと愛犬ライカとつましく暮らしている。

そんなある日、病に倒れて入院したアルレッティと入れ替わるように、アフリカからの難民の少年イドリッサが家に転がり込んでくる。マルクスは少年を母親がいるロンドンに送り出すために奔走するが、その頃、アルレッティは医師から不治の病を宣告されていた。

この新作はカウリスマキにとって『ラヴィ・ド・ボエーム』(91)以来のフランス語映画になり、マルクスも再登場するが、単なる後日譚にとどまらない。新作以前に作られた『浮き雲』(96)、『過去のない男』(02)、『街のあかり』(06)の三部作では、深刻な経済危機から、痛みをともなう改革、グローバリゼーションの波に乗る繁栄へと変化するフィンランド社会が背景になっていたが、そんな社会的な視点の延長として難民問題を取り上げているだけの作品でもない。

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