ウェス・アンダーソン 『ムーンライズ・キングダム』 レビュー

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決して取り戻せない時間
もはや存在しない場所

ウェス・アンダーソン監督の『ムーンライズ・キングダム』では、12歳のサムとスージーの逃避行が描かれる。映画の舞台は、1965年、ニューイングランド沖に浮かぶ全長26kmの小島・ニューペンザンス島だ。

裕福ではあるが、厳格な父親や身勝手な母親に反感を覚えるスージーと、里親に育てられる孤児で、ボーイスカウトで仲間外れにされているサム。それぞれに孤立するふたりは1年前に偶然出会い、文通で親しくなり、駆け落ちを決行する。それに気づいた親や警官、ボーイスカウトの隊長と子供たち、福祉局員が追跡を開始するが、島には嵐が迫っている。

これまでウェス・アンダーソンの作品にはいまひとつ馴染めないところがあったが、この新作には冒頭から引き込まれ、心を動かされた。

緻密に作り上げられたセットや計算されつくしたカメラワーク、多彩で効果的な音楽、簡潔で洞察に富む台詞、ユーモアを散りばめたドラマなど、一見これまでと変わらないアンダーソンのスタイルのように見える。だが、そうした細部と全体の関係が違う。

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ステファン・ロブラン 『みんなで一緒に暮らしたら』 レビュー

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死を制御するシステム、そして現実世界や時間からの解放

フランス映画界の新鋭ステファン・ロブランが監督した『みんなで一緒に暮らしたら』の主人公は、それほど遠くない未来に死が訪れるであろう5人の老人たち(2組の夫婦と独身者)だ。この映画では、昔から互いの誕生日をともに祝ってきた彼らが始めた共同生活が、ユーモアを交えて実に生き生きと描き出される。

なぜ老人たちはそんなことを始めるのか。きっかけは、老いてなお盛んな独身者が、デート中に発作を起こし、彼の息子によって老人ホームに入れられたことだ。ホームを訪れた仲間たちは、「大切な友をこんな所で死なせられない」と宣言し、彼を勝手に連れ出し、そこから5人の共同生活へと発展していく。

今年(2012年)公開されたニコラウス・ゲイハルターのドキュメンタリー『眠れぬ夜の仕事図鑑』では、夜に活動する様々な人々の姿を通して、治安が維持され、医療制度が充実したヨーロッパという世界が浮き彫りにされていた。そこには、新生児医師、自殺防止ホットラインの相談員、老人ホームの介護職員や火葬場職員などの現場が映し出され、誕生から死に至る人の一生が様々なかたちで制御されていることを示唆する。

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リュック・ベッソン 『The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛』 レビュー

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リュック・ベッソンとミシェル・ヨーが魅せる、
新たなキャリアの一歩

リュック・ベッソン監督の新作『The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛』では、祖国と家族のはざまで過酷な現実と向き合い、困難を乗り越えてきたアウンサンスーチーの半生が描き出される。

それは、ベッソンのフィルモグラフィを踏まえるなら意外な題材といえる。彼はこれまで、たとえ荒唐無稽に見えようとも、現実に縛られることなく自己の感性に忠実に、独自の世界やキャラクターを創造してきた。そんなベッソンが、事実に基づく物語に挑戦するとなれば、これは注目しないわけにはいかないだろう。

その結果は、予想以上に素晴しく、見応えのある作品になっていた。この映画では、現実から逸脱するような表現は影を潜めているが、だからといって現実に妥協しているわけではなく、しっかりと踏み込んでいる。そして、ミシェル・ヨーから渡された脚本を読んだベッソンが、どんなところに心を動かされ、監督に名乗りを上げたのかがわかる気がしてきた。

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パオロ&ヴィットリオ・タヴィアーニ 『塀の中のジュリアス・シーザー』 レビュー

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再構築されるホモソーシャルな関係が生み出すカタルシス

イタリアのローマ郊外にあるレビッビア刑務所では、囚人たちによる演劇実習が定期的に行われている。毎年様々な演目を囚人たちが演じ、所内にある劇場でその成果を一般の観客に披露するのだ。囚人たちを指導している演出家ファビオ・カヴァッリは、今年の演目がシェイクスピアの「ジュリアス・シーザー」であることを告げ、オーディションが行われ、稽古がはじまる…。

タヴィアーニ兄弟の新作『塀の中のジュリアス・シーザー』では、本物の刑務所で実際の囚人たちがシェイクスピア劇を演じる。しかし、これはドキュメンタリーではない。兄弟が演目として「ジュリアス・シーザー」を提案し、脚本を書いている。

実際に作品を観ると、そこに様々な計算が働いていることがわかるだろう。所内にある劇場が改修中であるため、オーディションで選ばれた囚人たちは、舞台ではなく所内の様々な場所で稽古をする。タヴィアーニ兄弟は、監房や廊下、遊技場などで台詞を繰り返す囚人たちを巧みなカメラワークでとらえていく。

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ロドリゴ・ガルシア 『アルバート氏の人生』 レビュー

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個人という枠組みを超えて響き合い、引き継がれていくもの

『彼女を見ればわかること』(99)や『美しい人』(05)、『愛する人』(09)を振り返ってみればわかるように、ロドリゴ・ガルシアは、基本的には自分で脚本を書き、監督するタイプのフィルムメーカーだ。例外は、アン・ハサウェイ主演の『パッセンジャーズ』(08)だが、やはり彼の独自の世界を描き出せる題材ではなかった。

新作の『アルバート氏の人生』(11)もガルシアのオリジナルな企画ではないし、脚本にもタッチしていない。企画の出発点は、1982年にグレン・クローズが主役を演じ、オビー賞を獲得した舞台であり、この舞台に運命を感じたクローズは30年近くかけてその映画化にこぎつけた。ガルシアとは『彼女を見ればわかること』と『美しい人』で一緒に仕事をしていることもあり、彼に監督を依頼したのだろう。

この作品は昨年の東京国際映画祭コンペ作品の試写で観たが(その時点では『アルバート・ノッブス』というタイトルだった)、ガルシアのオリジナルな企画ではないので正直なところそれほど期待はしていなかった。しかし映画からはガルシアの世界が浮かび上がってきた。

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