キム・ギドク 『嘆きのピエタ』 レビュー



Review

復活したキム・ギドクの変化、
異空間へと飛躍しない理由とは

『悲夢』の撮影中に女優が命を落としかける事故が起こったことをきっかけに、失速、迷走していた韓国の鬼才キム・ギドク。

ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞に輝いた新作『嘆きのピエタ』では、そんな監督が復活を告げるだけではなく、興味深いスタイルの変化を見せる。

天涯孤独で冷酷な取り立て屋イ・ガンドの前にある日、母親を名乗る謎の女が現れる。彼は戸惑いつつも女を母親として受け入れていくが、果たして彼女は本当に母親なのか。そしてなぜ突然、彼の前に現れたのか。

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今週末公開オススメ映画リスト2013/06/12

週刊オススメ映画リスト

今回は『インポッシブル』『嘆きのピエタ』『スプリング・ブレイカーズ』『3人のアンヌ』の4本です。

『インポッシブル』 フアン・アントニオ・バヨナ

2004年のスマトラ島沖地震で被災し、苦難を乗り越えて生還を果たした家族の体験に基づく物語です。筆者は以下のようなコメントを寄せました。新聞の広告でご覧になった方がいらっしゃるかもしれません。

「壮絶なサバイバルが浮き彫りにするのは家族の絆だけではない。長男にとって大人になるための重要な通過儀礼になっていることが、ドラマを普遍的で奥深いものにしている。」

この映画が時と場所を超えて私たちに迫り、心を揺さぶるのは、大人になるためのイニシエーション(通過儀礼)が、現代という時代を踏まえて鮮明に描き出されているからです。

そういう意味では、『ハッシュパピー バスタブ島の少女』とともに、イニシエーションなき時代のイニシエーションを描いた作品として出色の出来といえます。

作り手がいかにイニシエーションを意識し、緻密に表現しているかについては、劇場用パンフレットに書かせていただきましたので、ぜひそちらのほうをお読みください。

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『嘆きのピエタ』 『孤独な天使たち』 試写

試写室日記

本日は試写を2本。

『嘆きのピエタ』 キム・ギドク

2012年ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞に輝いたキム・ギドク監督の新作。天涯孤独で冷酷な借金取りの男イ・ガンドの前にある日、母親だと名乗る謎の女が現れる。戸惑いつつも女を母親として受け入れていくガンド。果たして女は本当に母親なのか? なぜ、突然現れたのか?

『アリラン』試写室日記に書いたように、『悲夢』以降のギドクはどん底だった。しかし、脚本と製作総指揮を手掛けた『プンサンケ』(11)では、自分の世界を取り戻していた。

そしてこの新作では、自分の世界を取り戻すだけではなく、変化も見せる。明らかに作風や表現の幅が広がっている。これまではあえてそうしなかったのか、あるいは新たに身につけたのかは定かではないが、新作にはストーリーテリングの要素が加わっている。

これまでのギドクは、人物にしてもドラマにしても、もの言わぬ姿勢を貫くことでしばしば謎を謎のままにした。この新作ではストーリーテリングによって謎が解かれ、衝撃的な結末を迎える。しかし、おそらく見所はそこだけではない。そんなドラマの背景にはもの言わぬものの世界が広がっていて、それが胸に突き刺さってくる。

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チョン・ジェホン 『プンサンケ』 レビュー



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ギドクとジェホンは、分断の現実に強烈な揺さぶりをかける

キム・ギドクの凄さは、言葉に頼らず、内部と外部や可視と不可視の境界を示唆する象徴的な表現を駆使して独自の空間を構築し、贖罪や浄化、喪失の痛みや解放などを実に鮮やかに描き出してしまうところにあった。

そんな彼は『悲夢』の撮影中に起こった事故をきっかけに作品が撮れなくなり、久しぶりに発表した『アリラン』でも、自分自身にカメラを向けて喋りまくり、明らかに本質を見失っていた。

しかし、製作総指揮と脚本を手がけたこの『プンサンケ』では、本来のギドクが復活している。

“プンサンケ”とは、38度線を飛び越えて北と南を行き来し、離散家族の最後のメッセージを運ぶ正体不明の男の通称だ。そんな彼のもとに、亡命した北朝鮮元高官の愛人イノクをソウルに連れてくるという依頼が舞い込む。そして、警戒厳重な境界線を極限の状況に追い込まれながら突破していくうちに、ブンサンケとイノクの間には特別な感情が芽生え、彼らは分断という現実に翻弄されていくことになる。

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今週末公開オススメ映画リスト2012/03/01+α

週刊オススメ映画リスト

今回は『世界最古の洞窟壁画3D 忘れられた夢の記憶』、『戦火の馬』、『ピナ・バウシュ 夢の教室』、『父の初七日』、『プリピャチ』(順不同)の5本です。

おまけとして『アリラン』のコメントをつけました。

『世界最古の洞窟壁画3D 忘れられた夢の記憶』 ヴェルナー・ヘルツォーク

1994年南仏で発見されたショーヴェ洞窟、その奥には3万2千年前の洞窟壁画が広がっていた。フランス政府は貴重な遺跡を守るため、研究者や学者のみに入場を許諾してきた。ここに初めてヘツルォーク率いるスタッフが入り、3Dカメラによる撮影を敢行した。(プレスより)

野生の牛、馬、サイ、ライオン、あるいはフクロウ、ハイエナ、ヒョウなど、その豊かな表現力には息を呑む。「CDジャーナル」2012年3月号にこの作品のレビューを書いておりますので、ぜひお読みください。で、そのレビューを補うようなことをこちらに。

この映画から浮かび上がる世界は、『グリズリーマン』(05)や『Encounters at the End of the World(世界の果ての出会い)』(07)といったヘルツォークの近作ドキュメンタリーを踏まえてみるとさらに興味深いものになる。

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