マイケル・ウィンターボトム 『いとしきエブリデイ』 レビュー

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感情と距離の間にあるマイケル・ナイマンの音楽

マイケル・ウィンターボトムは、『いとしきエブリデイ』を99年の監督作『ひかりのまち』と対を成す家族の物語と位置づけている。そんな接点を持つ二作品で重要な役割を果たしているのが、マイケル・ナイマンの音楽だ。ウィンターボトムの映像とナイマンの音楽の関係は、一般的な映画のそれとは違う。

ウィンターボトムは、物語に頼るのではなく、リアルな状況を積み重ねていくことで独自の世界を作り上げていく。かつて彼は自分のスタイルについて以下のように語っていた。

私は一般的な意味での物語というものに観客を引き込むような作り方はしたくない。観客が自分の考えや感情を自由に選択する余地を残しておきたい。それがある種の距離を感じさせることになるかもしれないが、決めつけを極力排除し観客に委ねたいんだ

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『プリズナーズ』 劇場用パンフレット&サントラ

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過去や罪に囚われた者たちの運命を分ける、偶然と信仰心

すっかり告知したものと思い込んでいたためにこんなに遅くなってしまいましたが、5月3日より公開中の『プリズナーズ』の劇場用パンフレットに上記のようなタイトルで作品評を書いています。

監督は、『渦』『灼熱の魂』のドゥニ・ヴィルヌーヴ。ちなみに、彼が『プリズナーズ』につづいて監督したジョゼ・サラマーゴの同名小説の映画化『複製された男』も7月18日より公開になります。

『プリズナーズ』は誘拐事件を軸に展開していきますが、その顛末を描くストーリーを追うだけでは魅力は伝わらないと思います。ヴィルヌーヴは、具体的ではなく暗示的、あるいは象徴的な表現を駆使して登場人物たちの過去や内面を想像させ、奥深いドラマを生み出しているからです。たとえば、娘を誘拐される父親は、最初は堅実で信念を持った人物のような印象を与えますが、彼を取り巻く状況が見えてくると、矛盾を抱えていることが明らかになります。パンフの原稿では、そうした過去や内面をめぐるドラマの部分を掘り下げています。

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ジョエル&イーサン・コーエン 『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』 レビュー

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名もなきシンガーと入れ替わる猫と死者の気配をめぐる一週間の物語

1961年のニューヨーク、グリニッジ・ヴィレッジを舞台にした『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』は、コーエン兄弟が、伝説のフォーク・シンガー、デイヴ・ヴァン・ロンクの回想録にインスパイアされて作り上げた作品だ。主人公はフォーク・シンガーのルーウィン・デイヴィスで、映画のタイトルもアルバム『インサイド・デイヴ・ヴァン・ロンク』を意識したものになっているが、だからといってヴァン・ロンクの世界に迫ろうとしているわけではないし、当時の音楽シーンを再現しようとするわけでもない。

ルーウィンの物語は、情けないエピソードの羅列に見える。出したレコードは売れない。金も住む場所もないため、知人の家を泊まり歩くしかない。さらに宿を借りるだけではなく、手を出してしまった女友達からは妊娠を告げられる。だが、そんなルーウィンの世界が次第にじわじわと心にしみてくる。情けないエピソードの羅列のなかに、彼が心の奥に秘めている感情が見え隠れするからだ。

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『オール・イズ・ロスト~最後の手紙~』 映画.com レビュー

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男はすべてを失うとき、なにかを悟る

2014年3月14日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、新宿シネマカリテほか全国ロードショーになるJ・C・チャンダー監督の新作『オール・イズ・ロスト~最後の手紙~』(13)に関する告知です。「映画.com」の3月4日更新の映画評枠で、上記のようなタイトルで本作のレビューを書いています。

人生の晩年を迎え、自家用ヨットでインド洋を単独航海する男。ところが突然、ヨットが海上の漂流物に衝突するという事故に見舞われたことから、男の運命が一変し、過酷なサバイバルを強いられることになります。

舞台は大海原、登場人物はロバート・レッドフォードが演じる名前も定かではない男ただひとり。台詞もほとんど無きに等しいといっていいでしょう。アルフォンソ・キュアロン監督の『ゼロ・グラビティ』を連想する人もいるかもしれません。

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『それでも夜は明ける』 劇場用パンフレット

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檻に囚われた人間

2014年3月7日(金)よりTOHOシネマズ みゆき座ほか全国順次ロードショーになるスティーヴ・マックィーン監督の新作『それでも夜は明ける』(13)の劇場用パンフレットに、上記のようなタイトルで作品評を書いています。

第86回アカデミー賞で、作品賞、助演女優賞(ルピタ・ニョンゴ)、脚色賞(ジョン・リドリー)の三冠に輝いたことはもうご存知かと思います。

1841年、北部のニューヨーク州で自由黒人として妻子と暮らしていたソロモン・ノーサップは、ある日突然誘拐され、南部の奴隷州で12年間、奴隷として生きることを余儀なくされました。再び自由を取り戻した彼は、その体験を綴った回想録『12 Years a Slave』を発表し、ベストセラーになりました。この映画は、そのノーサップの回想録にもとづいています。

キウェテル・イジョフォー、マイケル・ファスベンダー、ベネディクト・カンバーバッチ、ポール・ダノ、ポール・ジアマッティ、ルピタ・ニョンゴ、ブラッド・ピットなど、キャストが豪華で、しかもマックィーンの世界をしっかりと表現しています。

この顔ぶれでは、冷酷な奴隷所有者(ファスベンダー)の妻を演じるサラ・ポールソンなどはあまり注目されないと思いますが、この数年、ショーン・ダーキン監督の『マーサ、あるいはマーシー・メイ』(11)、ジェフ・ニコルズ監督の『MUD‐マッド‐』(12)、そしてこの作品と、次々に注目の監督と組み、どれもそれほど目立つ役ではありませんがいい仕事をしていると思います。

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