スティーヴ・マックィーン 『それでも夜は明ける』 レビュー

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檻に囚われた人間

イギリス出身の鬼才スティーヴ・マックィーンの映画を観ることは、主人公の目線に立って世界を体験することだといえる。

たとえば、前作『SHAME-シェイム-』では、私たちは冒頭からセックス依存症の主人公ブランドンの日常に引き込まれる。彼は仕事以外の時間をすべてセックスに注ぎ込む。自宅にデリヘル嬢を呼び、アダルトサイトを漁り、バーで出会った女と真夜中の空き地で交わり、地下鉄の車内で思わせぶりな仕草を見せる女をホームまで追いかける。だが、彼の自宅に妹が転がり込んできたことで、セックス中心に回ってきた世界はバランスを失っていく。この映画では、なぜ彼が依存症になったのかは明らかにされない。

新作『それでも夜は明ける』では、そんなマックィーンのアプローチがさらに際立つ。映画のもとになっているのは1853年に出版されたソロモン・ノーサップの回顧録だが、その原作と対比してみると映画の独自の視点が明確になるだろう。

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『それでも夜は明ける』 劇場用パンフレット

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檻に囚われた人間

2014年3月7日(金)よりTOHOシネマズ みゆき座ほか全国順次ロードショーになるスティーヴ・マックィーン監督の新作『それでも夜は明ける』(13)の劇場用パンフレットに、上記のようなタイトルで作品評を書いています。

第86回アカデミー賞で、作品賞、助演女優賞(ルピタ・ニョンゴ)、脚色賞(ジョン・リドリー)の三冠に輝いたことはもうご存知かと思います。

1841年、北部のニューヨーク州で自由黒人として妻子と暮らしていたソロモン・ノーサップは、ある日突然誘拐され、南部の奴隷州で12年間、奴隷として生きることを余儀なくされました。再び自由を取り戻した彼は、その体験を綴った回想録『12 Years a Slave』を発表し、ベストセラーになりました。この映画は、そのノーサップの回想録にもとづいています。

キウェテル・イジョフォー、マイケル・ファスベンダー、ベネディクト・カンバーバッチ、ポール・ダノ、ポール・ジアマッティ、ルピタ・ニョンゴ、ブラッド・ピットなど、キャストが豪華で、しかもマックィーンの世界をしっかりと表現しています。

この顔ぶれでは、冷酷な奴隷所有者(ファスベンダー)の妻を演じるサラ・ポールソンなどはあまり注目されないと思いますが、この数年、ショーン・ダーキン監督の『マーサ、あるいはマーシー・メイ』(11)、ジェフ・ニコルズ監督の『MUD‐マッド‐』(12)、そしてこの作品と、次々に注目の監督と組み、どれもそれほど目立つ役ではありませんがいい仕事をしていると思います。

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リドリー・スコット 『プロメテウス』 レビュー

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自然環境を変えうる大きな力を持つことにはプラスとマイナスの両面がある

リドリー・スコット監督の最新作『プロメテウス』は、2089年に考古学者エリザベスが、3万5千年前の洞窟壁画を発見するところから始まる。そこには星を指し示す巨人の姿が描かれていた。彼女は世界各地の古代遺跡からも見つかっているその巨人の図像が、人類を創造した“エンジニア”の痕跡だと考えていた。

その4年後、巨大企業が莫大な資金を投じた宇宙船プロメテウス号が、壁画に描かれた未知の惑星に到着する。そして、エリザベスを含む17名の乗組員は、想像を絶する真実を目の当たりにすることになる。

この映画は大きく分けてふたつの要素から成り立っている。まず、私たち現生人は必ずしも緩やかな進化を遂げてきたわけではない。

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『危険なメソッド』 試写

試写室日記

本日は試写を1本。

『危険なメソッド』 デヴィッド・クローネンバーグ

デヴィッド・クローネンバーグ最新作。ユングをマイケル・ファスベンダー、フロイトをヴィゴ・モーテンセン、そしてふたりを結びつけるザビーナ・シュピールラインをキーラ・ナイトレイが演じる。

映画のなかでザビーナという人物が放つ独特のオーラに魅了された。実際にそういう人物であったのか、原作のノンフィクション『A Most Dangerous Method: The Story of Jung, Freud, and Sabina Spielrein』を書いたジョン・カーの慧眼なのか、それをもとに戯曲を書き、この映画のために自ら戯曲の脚色を手がけたクリストファー・ハンプトン(『つぐない』)の想像力なのか、クローネンバーグの鋭い直観なのか、あるいはそのすべてなのか定かではないが、とにかく非常に興味深い。

ザビーナがオーラを放つのは必ずしもトラウマのせいではないだろう。映画のなかに、フロイトが彼女に対して、自分たちはユダヤ人であり、アーリア人(ユングのこと)に深入りすべきではないというような表現で忠告する場面がある。

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『クーリエ 過去を運ぶ男』 『ジェーン・エア』 試写

試写室日記

本日は試写を2本。

『クーリエ 過去を運ぶ男』 ハニ・アブ・アサド

自爆テロを通してパレスチナ人の若者の生と死を見つめた『パラダイス・ナウ』で注目を集めたハニ・アブ・アサド監督の新作。凄腕のクーリエ(運び屋)が、誰も顔を知らず、生死すら定かではない謎の人物イーヴル・シヴルに鞄を届ける仕事を強要される。猶予はわずか60時間。

タフガイのクーリエにジェフリー・ディーン・モーガン、クーリエと行動をともにするアナにジョシー・ホー、FBI捜査官にティル・シュヴァイガー、殺し屋夫婦にリリ・テイラーとミゲル・フェラー、鍵を握る男マックスウェルにミッキー・ロークという顔ぶれ。

アブ・アサド監督のオリジナルな企画ではなく、オファーを受けて作った作品で、くせのあるキャラクターとか、ニューオーリンズやラスヴェガスが醸し出す雰囲気は嫌いではないが、気になるのはどこからこういうストーリーを思いついたのかということだ。

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