トマス・ヴィンターベア 『偽りなき者』 レビュー

Review

コミュニティが不可視の集団へと変わるとき

トマス・ヴィンターベア監督の新作『偽りなき者』の出発点は、〝ドグマ95〟の第一弾として世界的な注目を集めた彼の『セレブレーション』(98)まで遡る。

映画が公開された後で、この監督と同じ通りに住む著名な精神科医が、映画の内容に関心を持ち、直接訪ねてきた。そして、研究事例の資料を差し出し、それを映画にすべきだと提案した。ヴィンターベアは資料を受け取ったものの、すぐに目を通すことはなかった。

『セレブレーション』では、自殺した双子の妹とともに幼い頃に父親から性的虐待を受けていた主人公が、父親の還暦を祝う席で苦痛に満ちた過去を暴露する。精神科医が注目するのもよくわかる題材ではあるが、コミューンで育ったヴィンターベアが最も関心を持っていたのは、おそらく集団の心理だった。だから資料を放置したのだろう。

しかしそれから10年後、離婚も経験したヴィンターベアは精神科医が必要になり、彼に連絡をとった。もちろん礼儀として資料にも目を通した。そして衝撃を受けた。

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今週末公開オススメ映画リスト2013/03/14

週刊オススメ映画リスト

今回は『汚れなき祈り』『偽りなき者』『ある海辺の詩人―小さなヴェニスで―』『シャドー・ダンサー』『クラウド・アトラス』の5本です。非常に見応えがあって、奥の深い作品が並んでいます。

おまけとして『ひまわりと子犬の7日間』のコメントをつけました。

『汚れなき祈り』 クリスティアン・ムンジウ

2005年にルーマニアで実際に起こった「悪魔憑き事件」に基づいた作品ですが、決してその忠実な再現というわけではなく、ムンジウ監督の独自の視点がしっかりと埋め込まれています。

『汚れなき祈り』試写室日記でも書きましたが、この監督の素晴らしいところは、まずなによりも、限られた登場人物と舞台を通して、社会全体を描き出せるところにあると思います。カンヌでパルムドールに輝いた前作『4ヶ月、3週と2日』(07)では、チャウシェスク独裁時代の社会が、本作では冷戦以後の現代ルーマニア社会が浮かび上がってきます。

その前作がふたりの女子大生と闇医者、本作がふたりの若い修道女と神父というように、時代背景がまったく異なるのに、共通する男女の三角形を軸に物語が展開するのは決して偶然ではありません。ムンジウ監督が鋭い洞察によってこの三角形の力関係を掘り下げていくとき、闇医者や神父に権力をもたらし、若い女性たちから自由を奪う社会が炙り出されるということです。

この『汚れなき祈り』の劇場用パンフレットに、「社会を炙りだすムンジウの視線」というタイトルで、長めのコラムを書かせていただきました。自分でいうのもなんですが、なかなか読み応えのある内容になっているかと思います。劇場で作品をご覧になられましたら、ぜひパンフもチェックしてみてください。

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トマス・ヴィンターベア 『光のほうへ』レビュー



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機能不全家族から生まれる負の連鎖を断ち切るために…

トマス・ヴィンターベアの新作『光のほうへ』は、デンマークの若手作家ヨナス・T・ベングトソンの小説『サブマリーノ 夭折の絆』(ACクリエイト刊、2011年5月31日)の映画化だ。

舞台はデンマークのコペンハーゲン。プロローグでは、主人公兄弟の少年時代の体験が描かれる。アルコール依存症の母親と暮らす兄弟は、育児放棄している母親に代わって年の離れた弟の面倒を見ているが、その弟はあまりにもあっけなく死んでしまう。

そして、大人になった兄弟それぞれの物語が綴られていく。彼らはいつからか別々の人生を歩むようになったらしい。兄は人付き合いを避けるように臨時宿泊施設に暮らし、怒りや苛立ちを酒で紛らしている。弟は男手ひとつで息子を育てているが、麻薬を断ち切ることができない。そんな兄弟は母親の死をきっかけに再会し、心を通わせようとするが…。

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『スカイライン―征服―』 『光のほうへ』 『プッチーニの愛人』試写

試写室日記

本日は試写を3本。

『スカイライン―征服―』 ストラウス兄弟

ある日突然はじまったエイリアンによる地球侵略。圧倒的な力を持つエイリアンの前に、主人公である普通の人々はなすすべもない。昆虫型、クラゲ型、深海魚を参考にしたクリーチャーたちに捕獲されていく人々を見ながら、なんとなくドナ・ハートとロバート・W・サスマンの『ヒトは食べられて進化した』(化学同人、2007年)のことを思い出していた。人類の祖先は、狩る者ではなく、トラやライオン、クマ、オオカミなどの肉食動物に狩られる者だった。この映画は、そういう学説を意識して作っているわけではないと思うが…。

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