『グランド・マスター』 試写

試写室日記

本日は試写を1本(本当はもう少し前に内覧試写で観ていたが、いちおう完成披露試写会の日にあわせておくことにする)。

『グランド・マスター』 ウォン・カーウァイ

プレスによれば、すべての始まりは、ウォン・カーウァイ監督が『ブエノスアイレス』(97)撮影中のアルゼンチンで、ブルース・リーが表紙の雑誌を見たことだという。遠い外国で愛され続けている彼の映画を撮りたいと思った。

その後、ウォン監督の関心はブルース・リーから彼の師として知られる伝説の武術家・イップ・マン(葉問)へと移行し、綿密なリサーチを経て、中国武術を受け継ぎ、次代に継承していった宗師<グランド・マスター>たちの運命を描く物語になった。

独特の美学に貫かれたアクションは実に見応えがあるが、やはりアクション映画ではない。「愛と宿命の物語」というのも少し違うと思う。個人的にはこれは、登場人物も設定もまったく違うが、『欲望の翼』(90)『花様年華』(00)『2046』(04)という60年代三部作の前史と位置づけたくなる作品だ。

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『リンカーン』 『ウィ・アンド・アイ』 試写

試写室日記

本日は試写を2本。

『リンカーン』 スティーヴン・スピルバーグ

素晴らしいというよりは凄いというべきなのだろう。ある意味、スピルバーグの集大成といってもいいと思う。

この映画の原作となったドリス・カーンズ・グッドウィンの『リンカン』は長い。長いといっても、リンカーンの人生の最後の5年間に絞り込まれているので、一般的な伝記に比べれば扱っている時間ははるかに短いといえるが、映画が扱う時間はそれよりもずっと短い。大胆に切り落とされている。

1864年11月に2期目を目指す大統領選に勝利を収めてから、憲法修正第13条が下院で可決され永久に奴隷制が禁止され、1865年4月に暗殺されるまで。半年にも満たない。南部人の立場もほとんど描かれない。これはひとつ間違えば非常に危険な映画になりかねない。

ジェームズ・M・バーダマンの『ふたつのアメリカ史』に書かれているように、アメリカにはふたつの歴史がある(確か本書の帯には「リンカーンは悪魔である」という言葉が使われていた)。「北部」の見地に立って書かれた歴史が、アメリカ史の通史のように流通しているが、「南部」の見地に立てばもうひとつのアメリカが見えてくる。

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今週末公開オススメ映画リスト2013/03/07

週刊オススメ映画リスト

今回は『メッセンジャー』『愛、アムール』『魔女と呼ばれた少女』『野蛮なやつら/SAVAGES』(順不同)の4本です。

『メッセンジャー』 オーレン・ムーヴァーマン

今回のリストのなかで、この作品についてはノーマークという人が少なくないのではないでしょうか。2009年製作の作品ですが、いろいろ賞にも輝いていますし、正直、なぜすぐに公開されなかったのか不思議に思いました。

イラク戦争という題材については、『告発のとき』『ハート・ロッカー』『グリーン・ゾーン』『バビロンの陽光』『フェア・ゲーム』『ルート・アイリッシュ』など、様々な監督が様々な切り口から描いていますが、これはその盲点をつくような作品といっていいでしょう。

戦死者の遺族に訃報を伝える任務を負うメッセンジャーの世界が描かれています。ベン・フォスターとウディ・ハレルソンがメッセンジャーに、サマンサ・モートンが夫を喪った母親に扮しています。出番は多くないですが、スティーヴ・ブシェミも息子を喪った父親の役で出てきます。

「CDジャーナル」2013年3月号の新作映画のページでレビューを書いています。こういう映画はもっと注目されていいと思います。

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マルクス・O・ローゼンミュラー 『命をつなぐバイオリン』 レビュー



Review

ナチズムとサディズムのはざま

マルクス・O・ローゼンミュラー監督のドイツ映画『命をつなぐバイオリン』では、台頭するナチスがソ連に侵攻する時代を背景に、ユダヤ人のアブラーシャとラリッサ、ドイツ人のハンナという三人の少年少女の友情が描き出される。

映画の舞台は、1941年春、ソ連の支配下にあるウクライナのモルタヴァ。それぞれバイオリンとピアノで神童と呼ばれるアブラーシャとラリッサは、物語が始まった時点ですでにウクライナの共産党のプロパガンダに利用されている。

ドイツ人のハンナは、父親が経営するビール製造工場がウクライナにあるため、モルダヴァに暮らしている。彼女もバイオリンの才能に恵まれ、憧れの神童たちと次第に友情を育んでいく。だが、そんな三者の絆は、ドイツ軍の侵攻によって翻弄されていく。

この設定は興味深い。ドイツ軍侵攻の知らせが届くと、ポルタヴァ在住のドイツ人は一夜にして敵となり、ハンナの一家は危険に晒される。アブラーシャとラリッサの一家は、そんな彼らを森の廃屋にかくまう。

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キム・グエン 『魔女と呼ばれた少女』 レビュー

Review

異文化や他者に対する強い関心から紡ぎ出される少女の神話的な物語

キム・グエン監督の『魔女と呼ばれた少女』では、アフリカのコンゴ民主共和国を舞台に、政治学者P・W・シンガーが『子ども兵の戦争』で浮き彫りにしているような子供兵の世界が描き出される。

アフリカの子供兵を題材にした作品とえいば、ジャン=ステファーヌ・ソヴェール監督の『ジョニー・マッド・ドッグ』が記憶に新しい。だが、この二作品は、作り手の視点や表現がまったく違う。

『ジョニー・マッド・ドッグ』の原作は、コンゴ共和国出身のエマニュエル・ドンガラが、自身の体験をヒントに書いた同名小説だ。ドキュメンタリーの作家として活動してきたソヴェール監督は、その舞台をリベリアに変更し、15人の元子供兵を起用し、非常にリアルなドラマを通して、ホモソーシャルな連帯関係や家族を奪われる痛み、ほとばしる憎しみを描き出している。

キム・グエン監督のアプローチは、それとはまったく異なっている。プレスに収められた彼のインタビューでは、映画の出発点が以下のように説明されている。

10年前に、神の生まれ変わりと自認し、反政府軍を率いていると語るビルマの双子の少年兵をニュースで見て、現代の神話性に惹かれたのが、脚本の発端です

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