ミハル・ボガニム 『故郷よ』 レビュー

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チェルノブイリの悲劇――故郷の喪失や記憶をめぐる複雑な感情を独自の視点から掘り下げる

昨年(2012年)公開されたニコラウス・ゲイハルター監督の『プリピャチ』(99)は、「ゾーン」と呼ばれるチェルノブイリ原発の立入制限区域(30キロ圏内)で生きる人々をとらえたドキュメンタリーだった。“プリピャチ”とは、原発の北3キロに位置する町の名前であり、そこを流れる川の名前でもある。

そのプリピャチを主な舞台にした女性監督ミハル・ボガニムの『故郷よ』は、ゾーンで撮影された初めての劇映画だ。物語は事故当時とその10年後という二つの時間で構成されている。

結婚式を挙げた直後に事故が発生し、消防士の夫を喪ったアーニャは、ゾーンのツアーガイドとなって故郷に留まっている。事故後に原発の技師だった父親が失踪し、別の土地で育った若者ヴァレリーは、故郷に戻って父親を探し回る。その父親は、もはや存在しないプリピャチ駅を目指して列車に揺られ、迷子になったかのように終わりのない旅を続けている。

ボガニム監督は当事者への入念なリサーチを行い、事故当時の模様やその後の生活をリアルに再現している。しかし、彼女が関心を持っているのは必ずしも原発の悲劇だけではない。

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レア・フェネール 『愛について、ある土曜日の面会室』 レビュー



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三角形から引き出された複雑な感情が、面会室を緊張に満ちた濃密な空間に変える

フランス映画界の新鋭女性監督レア・フェネールの長編デビュー作『愛について、ある土曜日の面会室』では、マルセイユを舞台に三つの物語が並行して描かれ、最後に交差する。

サッカーに熱中し、ロシア系移民の若者と恋に落ちた少女ロール、仕事がうまくいかず恋人との諍いが絶えないステファン、息子の突然の死を受け入れられず、アルジェリアから息子が殺されたフランスにやってきたゾラ。そんな3人の主人公は、予期せぬ出来事や偶然の出会いなどによって、ある土曜日に同じ刑務所の面会室を訪れる。

こうした構成はひとつ間違えば、図式的で表面的なドラマになりかねない。面会室を訪れる人物と収監されている人物の関係がどのようなものであれ、その1対1という動かしがたい関係を軸に多様なドラマを生み出すのは簡単ではないように思えるからだ。

しかし、この映画では登場人物たちの複雑な感情が実に見事に炙り出されている。3人の主人公の世代や立場はまったく異なるが、彼らのドラマにはある共通点がある。鍵を握るのは三角形だ。1対1の関係にもうひとりの他者が絡むことによって多面的な視点や奥行きが生まれるのだ。

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『クラウド・アトラス』 試写

試写室日記

本日は試写を1本。

『クラウド・アトラス』 ウォシャウスキー姉弟+トム・ティクヴァ

『ナンバー9ドリーム』で知られるイギリスの作家デイヴィッド・ミッチェルの同名小説の映画化。親交のあるウォシャウスキー姉弟とトム・ティクヴァの共同監督・脚本・製作。

1849年の南太平洋、1936年のスコットランド、1973年のサンフランシスコ、2012年のイングランド、2144年のネオ・ソウル、“崩壊”後の2321年と2346年のハワイ。5世紀にわたる6つの物語が、輪廻や足跡によって結びつき、より合わされ、ひとつの大きな流れを形づくっていく。

人間の営みを大きな視野からとらえ直すのであれば、テレンス・マリックの『ツリー・オブ・ライフ』やラース・フォン・トリアーの『アンチクライスト』や『メランコリア』、あるいはリドリー・スコットの『プロメテウス』くらいまでやることが珍しいことではなくなっているので、この構成だけで単純に壮大ということはできない。

もし輪廻を通して広げられる視野はこれで精一杯というような安易で消極的な考えが紛れ込んでいたのだとすれば、逆に半端で小さな世界ということにもなる。この映画がしっかりとした意図をもってその枠組みが設定されているのかどうかは、出発点となる時代である程度、判断ができる。

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今週末公開オススメ映画リスト2013/02/07

週刊オススメ映画リスト

今回は『故郷よ』『ムーンライズ・キングダム』『命をつなぐバイオリン』の3本です。

『故郷よ』 ミハル・ボガニム

チェルノブイリ原発の立入制限区域(30キロ圏内)で劇映画を撮るというのは、許可を得るのにも煩雑な手続きが必要になるでしょうし、キャストもそれなりの覚悟が必要になると思います。

ミハル・ボガニム監督は、ヒロインにオリガ・キュリレンコを起用したことについて、プレスのインタビューで以下のように語っています。

オリガ・キュリレンコはウクライナ人です。彼女は子供の時に起きた事故のことをとてもよく覚えていました。彼女はまさにアーニャ自身でした。「アーニャは私です」と彼女は言ってくれましたが、始まるまで私はほんの少しそのことを疑っていました。というのは、彼女は美しすぎるからです。それで、私は彼女を起用するより無名の誰かを準備した方がいいと考えオーディションをしましたが、参加してくれたオルガの演技が印象に残りました。その印象をもとに彼女とアーニャを作っていきました

そのキュリレンコは、テレンス・マリック監督の新作『To the Wonder』(12)にも出演していますね。

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『ゼロ・ダーク・サーティ』 試写

試写室日記

本日は試写を1本。

本当はエマヌエーレ・クリアレーゼ監督の『海と大陸』との2本立ての予定で家を出たのだが、駅に着いたらいくつか先の駅で発生した人身事故のせいで電車が止まっていた。乗車したまましばらく待っていたが、すぐには動きそうにないので1本目は諦めることにした。

こういう観ようと思ったときに観られなかった作品は往々にして最後まで試写に行けなかったりする。ちなみに逃したのはこういう↓映画だ。

『ゼロ・ダーク・サーティ』 キャスリン・ビグロー

ビンラディン殺害に至る軌跡を描いたキャスリン・ビグローの新作。プレスの[PRODUCTION NOTES]によれば、ビグローと脚本家のマーク・ボールは、2006年に、トラボラで失敗したビンラディン捕縛作戦についての映画を企画していたという。その後、彼らは『ハート・ロッカー』を完成させ、2011年に新作の製作に入ったが、5月1日にビンラディンが殺害されたためにその企画はボツになり、一からやり直すことになった。

このトラボラの捕縛作戦に対してビグローとボールがどんな関心を持っていたのかというのも気になる。かなり興味深い題材だと思う。アメリカは圧倒的な空軍力でタリバンを叩き、トラボラでビンラディンは袋のねずみ同然になっていた。ところがなぜか大規模な地上軍の投入は見送られ、みすみす取り逃がすことになった。

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