マルガレーテ・フォン・トロッタ 『ハンナ・アーレント』 レビュー

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絶対的無罪と絶対的有罪の鏡を砕くための揺るぎない思考

ニュー・ジャーマン・シネマを牽引してきた女性監督マルガレーテ・フォン・トロッタの『ハンナ・アーレント』では、ユダヤ人哲学者ハンナ・アーレントの生涯のなかで、1961年に行われたナチス戦犯アドルフ・アイヒマンの裁判に前後する4年間のドラマが描き出される。

強制収容所を体験しているアーレントは、自らの意志でアイヒマンの公判を傍聴してレポートを「ニューヨーカー」誌に連載し、その後『イェルサレムのアイヒマン』にまとめた。彼女の目に映ったかつてのナチス親衛隊中佐は、怪物や悪魔ではなく平凡な人間だった。

ちなみに、10数年前に公開されたエイアル・シヴァン監督の『スペシャリスト 自覚なき殺戮者』は、アーレントのこの著書をもとにアイヒマン裁判の膨大な記録映像を編集したドキュメンタリーだった。その作り手たちは、エチオピアの飢饉やルワンダのジェノサイド(「隣人による殺戮の悲劇――94年に起ルワンダで起こった大量虐殺を読み直す」参照)という同時代の現実を踏まえた上でアイヒマンに着目した。

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『パッション』 劇場用パンフレット

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表層と無意識、現実とイメージ――独自の視点で描く個と世界

10月4日(金)よりTOHOシネマズみゆき座ほかで全国ロードショーになるブライアン・デ・パルマ監督の新作『パッション』の劇場用パンフレットに、上記のタイトルで長めのレビューを書いています。主演はレイチェル・マクアダムスとノオミ・ラパス。デ・パルマが最も得意とするサスペンス・スリラーのジャンルの作品です。

殺人のシーンで使われるスプリット・スクリーンや終盤に謎めいた雰囲気をかもしだす双子のイメージなど、これまでのデ・パルマのスタイルや世界を継承した作品のように見えますが、映画が浮き彫りにする女性像には大きな違いがあるように思えます(ハリウッドを離れ、ヨーロッパ資本で、ドイツのベルリンで撮影したことがなんらかの心境の変化につながっているのかもしれません)。

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ファティ・アキン 『トラブゾン狂騒曲~小さな村の大きなゴミ騒動~』 レビュー



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世界の現状、その縮図としての小さな村のゴミ騒動

30代にしてカンヌ、ベルリン、ヴェネチアの三大映画祭での受賞を成し遂げたトルコ系ドイツ人のファティ・アキン監督の新作は、劇映画ではなくドキュメンタリーだ。

彼はこれまでにもトルコ音楽に迫る『クロッシング・ザ・ブリッジ』を作っているが、今回はゴミ問題というより社会的な題材を取り上げている。

その舞台は、アキンの祖父母の故郷であるトルコ北東部トラブゾン地域の村チャンブルヌ。映画は、自然に恵まれた村に暮らす住人たちの生活が、銅鉱山の跡地に建設されたゴミ処理場によって破壊されていく過程を生々しく映し出していく。

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マルクス・O・ローゼンミュラー 『命をつなぐバイオリン』 レビュー



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ナチズムとサディズムのはざま

マルクス・O・ローゼンミュラー監督のドイツ映画『命をつなぐバイオリン』では、台頭するナチスがソ連に侵攻する時代を背景に、ユダヤ人のアブラーシャとラリッサ、ドイツ人のハンナという三人の少年少女の友情が描き出される。

映画の舞台は、1941年春、ソ連の支配下にあるウクライナのモルタヴァ。それぞれバイオリンとピアノで神童と呼ばれるアブラーシャとラリッサは、物語が始まった時点ですでにウクライナの共産党のプロパガンダに利用されている。

ドイツ人のハンナは、父親が経営するビール製造工場がウクライナにあるため、モルダヴァに暮らしている。彼女もバイオリンの才能に恵まれ、憧れの神童たちと次第に友情を育んでいく。だが、そんな三者の絆は、ドイツ軍の侵攻によって翻弄されていく。

この設定は興味深い。ドイツ軍侵攻の知らせが届くと、ポルタヴァ在住のドイツ人は一夜にして敵となり、ハンナの一家は危険に晒される。アブラーシャとラリッサの一家は、そんな彼らを森の廃屋にかくまう。

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今週末公開オススメ映画リスト2013/02/14

週刊オススメ映画リスト

今回は『王になった男』『ゼロ・ダーク・サーティ』『先祖になる』『レッド・ライト』『ヒンデンブルグ 第三帝国の陰謀』(順不同)の5本です。

『王になった男』 チュ・チャンミン

韓国のアカデミー賞“大鐘賞”で史上最多15部門を受賞した話題作。実在した朝鮮王朝15代目の王・光海を題材に、史実にフィクションを織り交ぜた歴史大作。

主人公は、王と瓜二つだったために、毒殺に怯える王の影武者をつとめることになった道化師ハソン。影武者が本物の王に成りすます15日間のなかで、最初は戸惑っていた道化師が、真の王として周りを魅了していく。

とにかく面白い。『オールド・ボーイ』で評価されたファン・ジュユンの脚本がしっかりしていて、それぞれのキャラクターにメリハリがあり、駆け引きがスリリング。特に、道化師ハソンと宮中で王の正体を知るふたりの人物、王の側近ホ・ギュンと世話係チョ内官のトライアングルは見応えがある。

王と道化師の二役をこなすイ・ビョンホンも魅せるが、チョ内官に扮するチャン・グァンの演技も見逃せない。本ブログでも取り上げた『トガニ 幼き瞳の告発』で、卑劣極まりない校長を演じて強烈な印象を残した彼が、穏やかな佇まいでハソンに王としての自覚を促していく宦官の世話係を好演している。

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