マルコ・ベロッキオ 『眠れる美女』 レビュー

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鍵を握るのは眠りつづける女、しかし眠っているのは本当に彼女たちだけなのか

マルコ・ベロッキオ監督の『眠れる美女』の出発点は、2009年にイタリア社会を揺るがせた尊厳死事件にある。17年前に植物状態となった娘の延命措置の停止を求める父親の訴えが最高裁でようやく認められるが、教会を始めとする世論の激しい反発が巻き起こり、保守層の支持を集めるベルルスコーニ首相は、延命措置を続行する法案を通そうとする。

この事件をそのまま映画にしていれば、おそらく賛否の単純な二元論に回収されてしまっただろう。だがベロッキオ監督は、賛否に揺れる社会を背景にして、三つの物語を並行して描き出していく。

妻の延命装置を停止させた過去を持つ政治家とそんな父親に対する不信感を拭えない娘。輝かしいキャリアを捨てて植物状態の娘に寄り添う元女優とそんな母親の愛を得られない俳優志望の息子。自殺衝動に駆られる孤独な女と不毛な日常に埋没しかけている医師。それぞれの関係には溝があるが、彼らは限られた時間のなかで根源的な痛みを知る体験をし、変貌を遂げていく。

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『ポルトガル、ここに誕生す~ギマランイス歴史地区』 レビュー

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世界文化遺産という共通の歴史と独自の世界観を持つ監督たちが奏でる不協和音

ポルトガルから届けられたオムニバス映画『ポルトガル、ここに誕生す』を楽しむためには、この企画の発端を頭に入れておく必要がある。

ポルトガル北西部に位置する古都ギマランイスは、〝ポルトガル発祥の地〟とされ、旧市街地が2001年に(映画の副題にもなっている)〝ギマランイス歴史地区〟としてユネスコの世界文化遺産に登録されている。そんな街がEUによって2012年の〝欧州文化都市〟に指定され、一年間にわたって様々な文化事業が繰り広げられることになり、その一環としてこの映画が製作された。

そこでまず確認しておきたいのは、文化遺産と映画の相性だ。筆者が思い出すのは、フランスの古典学者フランソワ・アルトーグの『「歴史」の体制』のことだ。本書によれば、フランスでは、80年代に記憶と遺産の大ブームが起こり、90年代に遺産化が加速したという。その遺産化のなかで、遺産建造物が法令によってこう定義される。

我々の遺産、それは我々の歴史の記憶であり、我々の国家的同一性の象徴である

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フランソワ・オゾン 『危険なプロット』 レビュー



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新作にはオゾンが編み出してきた様々な話術が凝縮されている

ある中流家庭を舞台にしたフランソワ・オゾンの長編デビュー作『ホームドラマ』では、父親がネズミという異物を家に持ち込んだことをきっかけにして、家族がそれぞれに自己を規定していた枠組みから解き放たれ、現実と幻想の境界が曖昧な世界へと踏み出していく。

この映画のプロモーションで来日したオゾンは、現実と幻想についてこのように語っていた。

ぼくは、夢とか幻想と現実を同次元で描きたいと思っている。幻想や夢は現実と同じくらい重要であり、人間が見えてくる。次回作では三面記事の実話がもとになっているけど、次第に実話から離れていく。人を殺した若い男女が死体を捨てるために森に入っていくけど、現実の世界で罪を犯したことに対する迷いと森のなかで迷うことがダブっていくことになるんだ」(※次回作とはもちろん『クリミナル・ラヴァーズ』のことをさしている)

オゾンはデビュー以来、様々な設定やスタイルで夢や幻想と現実を同次元でとらえるような世界を作り上げてきた。『しあわせの雨傘』につづく新作『危険なプロット』は、彼がこれまでに編み出した話術を一本に凝縮したような作品といえる。

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リチャード・リンクレイター 『バーニー/みんなが愛した殺人者』 レビュー

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全米第一の州にならんとする、勢いのあるテキサスとは違う、もうひとつのリアルなテキサス

リチャード・リンクレイター監督の『バーニー みんなが愛した殺人者』は、1996年にテキサス州の田舎町で実際に起こった殺人事件に基づいている。脚本を手がけているのは、「テキサス・マンスリー」誌のライターで、98年に事件の記事を同誌に書いたスキップ・ホランズワースだが、事件の真相に迫るジャーナリスティックな作品というわけではない。しかし、笑えるからといって、単なるコメディになっているわけでもない。

テキサス州東部にある田舎町カーセージの葬儀社で働くバーニーは、住民の誰からも愛される町一番の人気者だ。仕事を完璧にこなすだけでなく、町の美化運動を推進したり、短大の演劇部で音楽監督を務めるなど、市民活動でも貢献している。そんな彼は、石油で莫大な財を築いたドゥエイン・ニュージェントの葬儀で未亡人のマージョリーに出会う。

高慢でわがままな彼女は町一番の嫌われ者だ。バーニーはそんな彼女に親身になって接し、彼女の方も彼だけには心を開くようになる。やがて彼は葬儀社を辞め、マージョリー専属のマネージャーになり、資産の管理をまかされる。だが、マージョリーの支配欲は日に日に激しさを増し、精神的に追い詰められた彼は、ある日、衝動的に彼女を射殺してしまう。

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小林政広 『日本の悲劇』 レビュー



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現代日本の無縁社会のなかで、老父はなぜ即身仏になる道を選ぶのか

小林政広監督が「年金不正受給事件」に触発されて作った『日本の悲劇』の主人公は、古い平屋に二人で暮らす老父とその息子だ。老父は自分が末期ガンで余命幾ばくもないことを知っている。妻子に去られた失業中の息子は、老父の年金に頼って生活している。

物語は、入院していた老父が息子に付き添われて家に戻ってくるところから始まる。その翌朝、老父は自室を封鎖して食事も拒み、残された息子は混乱に陥っていく。

この物語のもとになっているのは、111歳とされていた男性がミイラ化した遺体で見つかった事件だと思われるが、小林監督のアプローチは非常に興味深い。

映画には、3.11の悲劇や無縁社会、格差や自殺といった多様な要素が盛り込まれている。そうした現実に迫ろうとするのであれば、普通はこの事件の即身仏という要素は切り捨てたくなるところだろう。興味本位に見られかねないからだ。ところがこの映画では、即身仏が明確に意識されている。

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